第三不思議【持ち物検査】_2
それから三日くらい経った時でしょうか。こなくなったんですよ、その男子生徒が学校に。最初は体調が悪い……って聞いてたんですけど、週末挟んで翌週も登校していなくて。みんな「え、そんなに体調が悪いの? もしかして入院してる? それとも大きな病気? 事故にでもあった?」って、すごく心配になって。男子生徒の友達が家へプリント届けたんですよね。先生は持っていかなくて良いって言ったけど、男子生徒へ連絡入れても返事がないから直接会いにいく……って。
そんな感じで、実際プリント持って行ったみたいです。先生は止めてましたけど。「迷惑だからいくんじゃない」みたいな言い方じゃなくて「体調悪いからそっとしておいてやれ」が近いのかな。心配しているように感じました。
プリント持って帰った次の日、友達のほうは学校へ来ました。当然ですかね。でもやっぱり、件の男子生徒のほうは来ませんでした。……気になるじゃないですか? プリントを持っていった結果。無事に会えたのか、それとも実は入院していて会えなかったのか。
「会えなかった」
って、そう彼は言っていました。どこか悔しそうな印象でしたね。
「もう学校こられるって言ってた?」
誰かが聞きました。そりゃあ気になりますよね。親がいるはずだから、何か聞いている可能性もありますし。私だって知りたいなって思いましたもん。
「ううん。何も教えてくれなかった」
そうです。
それで考えたのは、実は彼、癌とか進行が速くて余命幾許もない病気なんじゃないか……です。多分、みんな一度は脳裏によぎったんじゃないでしょうか。それだと、誰も何も教えてくれなさそうじゃないですか? 親は口に出したくないだろうし、私たちなんてまだ子どもだから、身近でそんなことがあっても現実味薄いですし。心配して欲しくないのかなとか、迷惑かけたくないのかなとか。最初に聞いた子も他の子も、それ以上はなにも聞きませんでした。静かになった教室のなか、みんな自席へ戻っていって。先生がくるのを待ちましたね。
そんな状態でしたけど、登校しなくなった男子生徒に「何かがあった」ことはわかりました。多分ですけど、クラスメイトが様子を見に行ったことで、親が黙っているのは難しいと思ったんじゃないでしょうか。どんな理由で休んでいても、長くなれば目立つし周りも気にしますよね。変な憶測立てられるより、正直に言ってしまおう。……そう考えたんじゃないかな。その代弁を、先生が請け負った。
「A君は、しばらく学校へはきません」
朝のホームルームは、先生のその言葉から始まりました。彼の名前は言えません。でも名無しは不便だから、とりあえずA君にしておきますね。
「Aがしばらくこないってどういうこと? 病気なの? それとも事故?」
プリントを持って行った子が聞きました。自分が聞けなかった答えを先生が持っているなら、すぐにでも聞きたいですよね。
「いや、そういうことじゃない」
先生は言い渋っているような素振りでした。そんな雰囲気だから、予想はつきますよ、良い話じゃないんだなって。最悪のことは考えました。A君はもう死んでいるのかもしれない。です。しばらくどころか、このまま一生こられないんじゃないかって。
……最悪のことを考えたけど、とても口にはできませんでした。みんなそうだったんじゃないでしょうか。
「まさか、死んだの?」
勇気があるなって思いましたね。プリントの彼は、一番の友達に見えたから。先生に対して怒っているようにも見えました。
「……A君は、行方不明になったんです」
シーンとして、すぐにザワザワとし始めました。行方不明って、行方不明ですよ? ドラマなんかである話です。全然現実味がなかった。行方不明ってことは、いなくなったてことですよね? 同級生がいなくなるなんて、想像もしていませんでした。
「は? どういうこと?」
「そのままの意味だ。A君は今行方不明なんだ。警察が必死に捜索してくれている」
「まさか、誘拐……?」
「身代金の要求の類はないらしい」
「じゃあ、自分からいなくなったの?」
「それもわからないんだ。書置きのようなものは見当たらないし、誰かと会った連絡の履歴やスケジュールの予定もない」
「……何で? 何でいなくなったの?」
「わからないんだ」
ひとひとり、しかも小さな子どもじゃなくて、十八になる男子が。予兆もなくいなくなったって、信じられますか? 私は信じられませんでした。「実は誘拐にあって」……と言われたほうが、まだ信じられました。
「拉致ってこと? 拉致ってあるんでしょ?」
「何とかその日の移動経路を探ったみたいなんだが、ヒントになりそうなものは一切見つかっていないと、彼のご両親からは聞いている」
先生自身、何が何だか……って顔に見えました。
「昨日、プリントを届けに行っただろ? それで親御さんが『クラスメイトには伝えるべきかもしれない。先生から話してほしい』って、電話がかかってきたんだ。先生は今、それを受けてこうして話している。全部知っているわけじゃない。先生も、親御さんと警察に聞いた話しかわからないんだ」
警察の単語で、一気に現実に引き戻されました。さっきも聞いたけど、急にこのタイミングで。
そんなホームルームで始まったこの日は、勉強が手につきませんでした。ぼーっとしていて注意された子もチラホラいましたし。こんなの、勉強どころじゃないですよ。