第三不思議【持ち物検査】_1
――みんなの学校って、持ち物検査ってありますか?
校則に『生徒手帳は毎日持ち歩くこと』っていうのがあるんですよね。小学校の連絡帳代わりにもなるし、季節に適した服装とか、そういうのも書いてあるんで。わかるんですよ。必要なの。
でね、結構忘れちゃうんですよ。っていうのも、夏場とか体操服登校、ジャージにTシャツ登校が許可されてて。男女みんな、制服の胸ポケットに入れてたんじゃないですかね? 私はそうです。それが楽だし、ちょっとメモも取れるし。ボールペンと一緒に、胸ポケットが定位置でした。
だから、絶対制服着てる長袖の期間はいいんですけど、夏になるとちょーっと忘れがちになっちゃって。そんなとき、やられちゃうんですよね、持ち物検査。このときは当然、生徒手帳を持っているか、なんですよ。
余計なものを持っているわけじゃないから、没収みたいなことはないんですけど、小言言われるんですよね。それが嫌で嫌で。鞄に入れっぱなしにして難を逃れてました。
教科書とか体操服を忘れたときは、隣のクラスの友達に借りたりしてたけど、生徒手帳は借りられないじゃないですか? 『自分のはどうしたの?』ってなっちゃうし。借りられないようになのか、全校生と同じタイミングでチェックは行われました。
生徒手帳は、どこにでもある感じだったかな。半透明ですりガラスみたいな質感のカバーに、薄い緑色の表紙。なかの紙は白だったかアイボリーだったか。ページは薄くて、割とびっしりでしたよね。文字もちっちゃくて。
ほかの学校の生徒手帳見たことないけど、中学高校と、表紙は違うかなと思ったけど、中身の雰囲気は変わらないって印象だったから、そんなに大きな差異はないと思うんですよね。
あっ、表紙には校章が箔押しみたいな感じで、印刷されてたと思います。で、学校名も印刷されてて、学年とクラス、名前は手書きする欄があって。
今持ってないから、細かな部分思い出そうとすると難しいですけど。そんな感じです、はい。
それで、私、今三年生なんですけど。この三年間で、何回か持ち物チェック……生徒手帳を持っているか、ありました。だいたいこの時期かな、みたいなのはあるから、引っかかることはなかったです、私は。
夏場のクールビズ? 的な格好がOKでも、比較的制服を着ることが多くて。すぐ忘れちゃうから、毎晩翌日の持ち物確認をできるだけ怠らないようにしてるんです。だからかな。その時期の生徒手帳の定位置は、もっぱらスクールバッグでした。
やっぱり、忘れる子はいますよ。毎日絶対使う物なら違うかもしれないけど、生徒手帳ってせいぜい「ポケットに入れたかどうかの確認」くらいしか毎日って使わないですし。体育を休むときは、親に書いてもらったりしますけど。親からほかに連絡のあるときとか。……とにかく、忘れた子は先生の小言を、めんどくさそうに聞いてます。気持ちはよくわかりますね、そういうときの先生って、結構嫌なところついてくるから。普段はそんなことないんですけどね。教室のなかでやるから、その子だけじゃなくて、みんな聞いている状態なんですけど、正確には。
その日のチェックは、全員がクリアしました。そうするとすぐ授業に入るんです。小言もないですから。
……でも、ひとりの男子生徒が、持ってたけどちょっとなにか言われてまして。
「名前はどうしたんだ?」
そう先生が言ってました。
隣の席だったから、チラッと覗いてみたんですよね、興味本位で。そうしたら、半透明のカバーはかかってるけどなんだか妙に薄汚れてて、紙はなんか全体的に、カピカピ? ヨレヨレ? になっていて。書かれているはずの学年とクラス、本人の名前は滲んでいるのか、消えていて読めませんでした。そこもちょっと汚れてたかな?
「……あー……。……う、うっかり洗濯しちゃって。消えちゃったのかも?」
男子生徒はそう答えていました。説得力はありましたよ。……あの、お札とかポケットに入れて洗濯すると、縮むじゃないですか? そうすると、自販機とか両替機で飲み込んでくれなくて。シワシワで硬くて。
生徒手帳も同じで、なんかちょっとちっちゃくなるし当然書かれている文字は滲むし、破れたり跡がついていたり、ページも重なってくっついちゃったりするんですよね。……中学校のころにやらかして、お母さんに怒られたんですよ。「ポケットの中身確認してから出しなさい」って。やったことある人、結構いるんじゃないかな? とにかく、私自身経験してるからその状態は容易に想像できたし、実際見えた生徒手帳もそれっぽくて。
先生も同じように思う節があったのか「気をつけろよ」って一言言って、とくに中身を確認したりだとかはしませんでした。校内全員でやってるから、わざわざ中身も確認しないんですよね。誰も貸しませんもん、自分のぶんがなくなって小言言われちゃうから。
でも「名前は書いとけ、落としたら困るだろ」って言われていて。一瞬躊躇った気もしたけど、滲んだ文字の跡に少し重なるように、小さく自分の名前を書いていました。
それ以外なにもなかったからか、男子生徒はホッとしていて、その日は全員聞くはめになる小言もなく授業に入りました。洗濯したことのある子は、その男子生徒に「俺もやったことあるけど、質感めっちゃ変わるよな」って話しかけてましたね。反応は薄かったですけど。