第二不思議【タナカ先生、至急、職員室までお戻りください。】_4
タナカ先生という名前を使ったのは、よくいる苗字だから誰に聞かれてもさほど怪しまれないと思ったからだそうだ。こんなことがあるから、学校ではタナカという苗字の先生は雇わないようにしているらしい。このために可能性潰すっていうのもすごい話だけど。背に腹は代えられないんだろうな。
「……それで、誰も犠牲にならなかったの?」
ふと疑問に思って、僕は先生に聞いてみた。今まで同じことを続けているなら効果があったんだと思う。けれど、どうしても確かめてみたかったから、そのまま疑問を口に出した。
「一人だけ、間に合わなかった先生がいたらしいよ」
あぁ、やっぱり……って。何でやっぱりって感じたんだ? って思ったけど、そう話す先生の顔がずっと強張ってたからだと自分で納得しました。しっくりきたんですよね、ものすごく。何とか一命は取り留めたけど、とにかく酷い怪我だったらしいです。……命があるだけマシだと思うべきだったのか、一思いに死んだほうがマシだったのか。そんな状態だったと。よっぽどだよね、怪我の程度が。
それでも、その対応を取り続けているということは、少なからず効果はあるんですよね。いわく、後にも先にもその顧問が失敗したと聞いたのは、たった一度きりだった。
「……とにかく、絶対に口外しないように」
重苦しい空気に、僕らは頷くことしかできなかった。こんな話、信用してもらえるかもわからないから、誰かに話すつもりはなかったしね。何となく先輩二人と一緒に学校を出たよ。顧問の先生は、職員室へ戻っていった。
僕はね、その後も何度か遭遇したんだよ、そのアナウンスに。心がシャットアウトしているみたいに、もう何にも反応しなかった。僕自身に危険がなかったのもあるかもね。そして、卒業式を迎えるほんの少し前。――最後のアナウンスを聞いたんだ。すごく寒くて、何なら雪も降ってたよ。でも雪だるまを作るには足りなくて。かなり降ったと思ったんだけど。もう帰るつもりだった。遅くなる前に。友達三人と教室を出て、階段を下りて下駄箱へ向かって。
『――タナカ先生、タナカ先生、至急、職員室までお戻りください。保護者の方からお電話です。――もう一度繰り返します。タナカ先生、タナカ先生、至急、職員室までお戻りください。保護者の方からお電話です』
聞こえたんだよ、あのアナウンスが!
笑われるかもしれないけど『またきたのか』くらいにしかもう思わないんだよね、麻痺しちゃって。でも、一応友達に声をかけたわけ。っても、あの話はできないから、何かしら言い訳つけて、ちょっと話を伸ばして。……近くに、もし逃げ遅れた大人がいちゃいけない、って思ったから。
ただ、どんなに頑張っても、もうネタがないから十五分くらいしか延ばせなくてさ。そろそろ行くか、ってなった時、聞こえたんだよ。
「うわぁぁぁぁぁ……!!」
って、悲鳴が。最後のほうはもう掠れてて、断続的で。みんなで一斉に振り返ったよ、下駄箱にいたからね。校舎の中をね。話を知っている身としては『誰かが襲われたかもしれない』ってのが真っ先に頭に浮かんでさ。一階から順にみんなで校舎を見て回ったんだよ。
――そしたら倒れてたんだ、二階の廊下に。あの生徒会の先生が。血まみれになって。
子ども一人は平気って話だったから、友達二人おいて、念のために一人は僕に付き添ってもらって、別行動したよ。行き先は職員室。先生を呼びに行ったんだ。――その場で救急車? 万が一救急隊員が一人になったらどうするんだ? 例がないだけで先生しか犠牲にならないなんて保証はないだろ?
ちょうど、一年の時に教科担任だった先生がいたから、話をしたんだ。そしたら、見る見るうちに顔色が青くなって。他の先生も騒ぎ始めて。助けに行くのか行かないのか。
「大人一人じゃなきゃ良いんだろ!? 僕も行くからお願いだよ!!」
って大きな声で叫んだら、その時職員室にいた先生の三分の一くらいが、一緒に移動したよ、生徒会の顧問の先生のところまで。待ってた友達はビックリしてた。確かに、先生一人の様子を見に行くのには、大所帯だったと思うよ。でも、この話を知っている人間から見たら、それは正しい判断なんだ。そこでようやく救急車を呼んで、誰も一人にならないように、先生たちは自然と行動してた。僕らは帰れって言われて帰ったね。無言だったよ、帰り道。終わりのアナウンスを聞くことなく、僕のその日は終わったんだ。
結論から言うと、先生は助からなかった。出血が多過ぎて、僕らが見つけた時にはもう虫の息で、救急隊が到着したころには息は止まっていたんだ。『どうしようもなかった』って言われたけど、あんまり納得はできなかった。
最初は事件として扱われたみたいだけど、誰かが侵入した跡はなくて。結局、どう処理されたかはわからないけど、新聞には載ったよ。ショッキングな話だしね。そりゃそうだよね。
聞いた話じゃ、傷だらけだったけどどの傷も浅くて、どうやってあんなに大量出血したのかわからなかったんだって。周囲にあった血も、先生にベッタリついていた血も、先生本人の血だったのに。
アナウンスがあったのに、先生が一人でいた理由? ……たまたま、先生のいた部屋のスピーカーが悪戯か何かでオフにされてたんだって。
――先日、同級生と再会したら、なんとその同級生の娘さんが、僕らの母校へ通っている話になって。感慨深い気持ち半分、怖い気持ち半分でいたらさ。
「なぁ、俺らのころにも【タナカ先生】いたよな? あの、たまにアナウンスで呼ばれてた先生。保護者からの電話が……っての。今でも年に何回か、保護者からのクレーム対応でもしてるらしいぜ。大変だよな、先生も。……って、同じ先生なのかな?」
って言うから、一気に当時を思い出して怖くなっちゃったよ。……まだまだ、僕らの学校には、タナカ先生が在籍しているらしい。