▶︎▶︎ある一つの結末
『本日午後二時すぎ、〇〇市△△区にて、大雨による土石流が発生しました。その影響で、木造アパート一部屋に大量の土砂が流れ出し、この部屋に住む五十代男性の行方がわからなくなっています。また、この土石流により、道路が一部通行止めになるなどの被害が出ています。引き続き、大雨に警戒してください』
夏にも関わらず、その日は冷たい雨が降った。
川をひっくり返したような大量の雨が、容赦無く地上を襲う。
それは、嘆き、あるいは怒りのように感じられた。
「助け……」
救いを求める、か細い声。それすらも雨音は無常にも掻き消した。
土砂に埋もれた人間は、今にも止まってしまいそうな呼吸を必死に繰り返して、生にしがみつく。体にのしかかる泥のなんと重たいことか。息をする度に、体の上の泥は重みを増しているように感じた。
砂粒で傷つけられて涙が止まらない目を開ける。
いつも見ていた自分の部屋は、見たことのない光景に変わっていた。
壁だったものは木の残骸となって、槍のように鋭い鋒をこちらへ向けている。天井にあった筈の蛍光灯が手を伸ばせば届きそうな距離にある。頭上にある腰高窓が、今にも外れそうになっているのが見えた。
ギ、ギッ……。
周囲から響く不穏な軋み音。
外の脅威から人を守る筈の家も、今や全てが凶器へと変わった。
ドサドサドサと流れるような音がして、体の上にさらに土砂が降り注ぐ。歯を食いしばるが、重みから逃れられるわけもなく、じわじわと命を削り取られていく。
(もう終わらせてくれ)
ガタンという音と共に顔面が押し潰される。
ガラスが割れる大きな音が響き、顔を突き刺す無数の痛みに襲われる。叫びたくても、自分の流す血が口の中に溢れ出して叶わない。
血に溺れるように、永久に感じられる痛みを味わいながら、ゆるやかに孤独な死へと向かっていった。