文明崩壊・生命死滅世界の再建を女神様に依頼された件
僕は、ぼっち道を極めたと自惚れていた。
大学を出てフリーランスで生計を立てた。依頼は専らメール。電話やごく稀に対面の打ち合わせもあるが、年に数回だ。結果、僕は、スーパーとコンビニの店員以外誰にも会わない生活をもう何年も送っている。
最初の頃は少し寂しいと思った。友人を作ろうと努力してみた事もある。喧騒を求めて混み合っているカフェへ出向くという凶行に走ったのも懐かしい。
けれどもそれは、水風呂に浸かってから体温が慣れるまで冷たさを我慢しているあの期間だったと今では分かる。僕は慣れた。慣れるとなんという事はなく、むしろ心地よい。
アニメで見る日常ものはファンタジーだと感じるようになった。どこか遠い隔絶した世界の事だ。僕には関係ない。仕事をして、食べて、寝る。それが僕の生活の全てだ。
最近ではなぜか食料を宅配してくれるようになった。ついにスーパーにもコンビニにも行かなくなったとき、「これが極致か」という感慨を覚えた。
———急募。一人でコツコツ作業できる方。長期間継続でのお仕事をお願いしております。性別不問・資格不要。レベルアップも目指せます!基本給◯◯◯◯◯円(応相談)。
何だ?この怪しい募集は。
業務内容が不明。報酬が異様に高い。謎のレベルアップ。
これは犯罪案件だ。「一人でコツコツ」は魅力的だが、やめておこう。
———助けてください!一人でコツコツ作業できる方。長期間継続でのお仕事をお願いしております。性別不問・資格不要。レベルアップ保証!スキルが身につきます!基本給◯◯◯◯◯円(これは最低金額です)。
どこかで見たような募集だな。
余程急いでいるらしい。まあ、受けないが。
———どうか詳細だけでもご覧ください!たすけて…一人でコツコツ作業できる方には好待遇を約束します。長期間継続でのお仕事ですが、いつでも解約可。知的生命体なら形態不問。週休自由。福利厚生充実。健康になり寿命が延びます。優しい上司。広々とした職場です。レベルアップ保証。役に立つスキルが必ず身につきます。面接だけでも歓迎(オンライン可)。応募いただいた方にもれなく◯◯◯◯◯円差し上げます。報酬は最低◯◯◯◯◯円/日。
必死すぎるし怪し過ぎるだろ!!健康になり寿命が伸びる仕事ってなんだよ。怪しい治験か何かか?遂にお金配り始めたし……。
詳細だけでも押させようとしているのがまた怖い。このサイトの運営はしっかりしてるはずだが、押した瞬間にウイルスとか感染しそうな恐怖感。
———お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。何でも言う事聞くので誰か助けてください。もう限界なんです。どうかお願いします。
募集ですらない!
何があったこの依頼元……@Mega_Micというのか。
@Mega_Micに何があった?!!
絶対地雷なんだよな。
後悔する未来しか見えない。
でも、詳細を見るだけなら大丈夫……なはず。流石に。
少しだけ見てすぐブラウザバックすればいい。
見るだけ……見るだけ……。
僕はこうして見るからに怪しい募集の「詳細」ボタンを押した。
押してしまった。
※※※
瞬時に僕は敗北を悟った。
ここは住み慣れた自室ではない。何もない白い光の満たす空間。
そこでノートパソコンのマウスを握りしめ、突っ伏して泣いているやたら神々しい女。
現代人として僕にもそれくらいの教養はある。
これは、真っ当な(?)仕事を装って異世界に送り込む系ファンタジーだ。
「ぐす、ぐす………なんで……だれも…きでぐれないの……」
それはあんな怪しい募集を出してるからです。
あんなの普通、犯罪かイタズラです。
「あはははははは…そうだ。『女神の身体を好きなだけ自由に———」
おっとそれはいかん。knockでturnな方に行ってしまうと僕の深層心理が言っている。
どうせ帰れない奴だから仕方ない。早くあの女神を何とかしよう。
「ゴホン!あ、あの、募集を見て来たのですが……」
「ふえっ!!!あっ!えっと!その!……………よくぞ、わたくしの依頼に応えてくださいました。異世界の勇者よ」
「今から無理ありません?」
「………………………あなたは選ばれし者です。これからあなたには異世界に転移し世界を救っていただきます」
ゴリ押すのか。まあいいけど。
異世界転移には興味があった。元の世界に未練はない。僕にとって僕がいる場所が僕の居場所だ。だから、転移自体は異存ない。
だが、こちらも仕事として来ている。
仕事である以上、条件はきっちり確認しておかねばならない。
「女神さま、質問よろしいですか?」
「何なりと」
「募集時の条件って、もちろん全部本当ですよね?」
女神の表情が、慈愛を湛えた笑みのまま固まる。
その白く細い腕で自らの上体を掻き抱き、目尻に涙を浮かべている。
「とととととととととと、当然ではありませんか。メガミ、ウソ、ツカナイ、ワタシ、ワルイメガミジャナイヨ、プルプル」
あっ、壊れた。
「その、不束者ですがよろしく———」
「いえ、それは要らないんで。その前の募集です」
「えっ?要らない……要らない…要らない。そうですよね。こんな駄女神なんて抱く価値も無いですよね。不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、そういう訳ではなく……」
何だこの女神。情緒不安定で凄く面倒くさい。
何とか女神を宥めすかしながら条件面が募集と相違ないことは確認した。
「それで、具体的には何をすれば良いのですか?やっぱ魔王の討伐とか?」
「………聞いても逃げないですか?」
「聞かなきゃ分かりませんが、乗りかかった船なので大抵のことなら」
「実はですね、これからあなた様に転移いただく世界、魔導文明の超大国間の戦争によって地上が汚染され、生命が死滅してしまいましてですね。その復旧作業を数千万年ほどお手伝いいただけたら嬉しいなぁと———」
「帰ります。」
待ってくれ。
いかなぼっちを極めたこの僕でも、人はおろか生命すら存在しない不毛な惑星に数千万年間隔離されるのは聞いてない。それは多分人間の許容限度を超えている。
「待って!待って!お願い!逃げないって言ったじゃん!もう、何万年間も何もない世界を眺め続けるのは精神的に限界なの!お願い!助けてよ!」
それでこの女神情緒不安定だったのか。
気持ちは分からんでもない。お気に毒に。でも、僕を巻き込まないで欲しい。そもそも人間はそんなに長生きしません。
「お家へ帰らせていただきます」
「そんなぁ、殺生な」
号泣しながら後ろからしがみついてくる女神様。
「そもそも、何で文明崩壊を防がなかったんですか?女神なら防げましたよね」
「うぐっ。ちょぉ〜っとだけ寝てて起きたらわたしの世界崩壊してたの!」
「じゃあもうちょぉ〜っと寝てたら自然に文明再建するんじゃないですか?知らんけど」
「無理!空には無差別戦略兵器がウヨウヨしてるし地表は溶岩の海だし海は魔素に汚染されて真っ赤だし、放置じゃ数億年はかかるの!その前にわたしがおかしくなっちゃう!」
そんな危険地帯に僕を送り込もうとしてたのか。
確認ってやっぱり大事だなぁ。聞いておいてよかった。
「そもそもそんな場所に放り込まれたら僕、死んじゃいますけど」
「あ、それは大丈夫!あなたの体を亜神族のものに作り変えるから。《物理無効》《魔法無効》《永遠の命》があれば問題ないわ」
「そんなサラッと……」
「『役に立つスキルが必ず身につきます』って書いちゃったしね」
スキルってそっちかぁ。レベルアップってのも無差別戦略兵器のExpが美味しいって話だなこれは。
「じゃあ、そういうことで!とりあえず海を浄化し終えたら天界に呼びに来て!また!」
強引だなぁ。まあ、元の世界だってどうせ〓〓〓〓〓だろうし。最後に異世界とこの女神様を救うのもいいかもしれない。
※※※
なんやかんやでただ一人異世界に放り出されて幾星霜。
ワインのように赤い海を、僕はひたすら浄化した。
超魔導文明の世界大戦で使用された極大戦略魔法の残滓が降下し、海水に溶け込んだのがこの赤い海だ。ここまで魔素濃度が高いと、生物は生存できない。細胞に魔素が勢いよく流れ込み爆発を起こして死滅してしまうのだ。
最初、僕は、塩を作る要領で海水を天日干しにして魔石を作り続けた。
それでは効率が悪いので、途中から、海水を汲み上げ地表の溶岩に掛けて回った。こうすると、溶岩の熱で水分が揮発し魔石が残ると同時に地表が冷却できる。
来る日も来る日も溶岩に海水を掛け続ける。
時々襲ってくる無差別戦略兵器を撃ち落としながらひたすら同じことを続けた。
※※※
満天の星々が瞬いていた。
僕は手を止め、しばらく考える。
ああ、そうか。
———この世界は〓〓の世界なのだろう。だからこれは、最後の〓〓であり、世界をこんなにした〓〓の一員である僕の使命でもある。
そして作業を再開する。
時間の感覚がなくなり、考えることもやめた。ひたすら海水を溶岩に掛ける。
海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。
数万年後、海水の赤は全く変化しないように見えてごく僅かに淡くなった。
海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。海水を溶岩に掛ける。
ある日、偶然、津波が起こった。
血のように赤い波が飛沫を上げながら溶岩の大地を走る。
それを見て、海に隕石を落とす。
一つ、二つ、三つ。
どんどん落とす。
赤い波が世界を覆った。
海水が蒸発し切ると、激しい雨が降り続く。その間数百年。
海はまだ赤い。溶岩もまだ残っている。
海に隕石を落とす。
一つ、二つ、三つ。
どんどん落とす。
赤い波が世界を覆った。
海水が蒸発し切ると、激しい雨が降り続く。その間数百年。
そんなことをいつから続けているのかはもう忘れた。
きっかけが何だったかももう覚えていない。
最近は、邪魔なあの鳥も見なくなった。
海に隕石を落とす。
一つ、二つ、三つ。
どんどん落とす。
赤い波が世界を覆った。
海水が蒸発し切ると、激しい雨が降り続く。その間数百年。
海は次第に青みを帯び始めた。
それからまた、気の遠くなるような月日が流れた。
目の前の海は、青かった。眩しいほど青かった。
※※※
「もしも〜し!全然呼びに来ないから様子見に来ちゃいましたよぉ〜。お!海!ちゃんと綺麗になってるじゃないですか!はい、コレ。報酬です」
「…………」
「ん?身体は生きてるのに魂は死んじゃいましたか。………………やっぱ、人間は脆いですねぇ。まあ、費用浮いたしラッキーって事で!いやぁ〜、今度は文明滅びないように気をつけなきゃだなぁ」
「…………」
女神は男の頬にそっと手を伸ばす。
浜辺に打ち寄せる波の砕ける音がその場を満たしていた。
※※※
その像は、有史以前からその丘に立っている。
決して風化せず、決して欠けることなく聳えている。
誰が何の目的でその像を建てたのか、その像の人物が誰なのか、知る者は居ない。
唯一確かなのは、幾つもの文明が栄え滅びる間、その像がそこにあり続けたということだけだ。
きっとその像は世界の終わりまで、そこに立ち続けるのだ。
青い海をその両目でジッと見つめながら。
戦争で滅ぶ、未来、人類、人類