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英雄の娘(2)


「──将軍によく似ている、美しい娘だな。セルマーニ辺境伯」


腹の奥底から出しているような深く力強い声に、ティターニアは一瞬びくりと肩を揺らした。恐ろしく強い軍人に違いない、と思いながら。


「こちらはオルシェ公爵とその令息だ。ティターニア、ご挨拶を」


「お初にお目にかかります、オルシェ公爵様。ティターニアにございます」


「弟のマルセルです」


姉弟二人が挨拶をすると、オルシェ公爵は大きく頷いた。公爵と父は親しい関係なのか、目を合わせるなり笑っている。


(──オルシェ公爵)


ティターニアは初めて会った中央貴族──所謂国の中枢に在り、力の有る大貴族を前に、思わず息を呑んでいた。そんなティターニアを、公爵の令息はじっと見ていた。その視線に気づかないまま、ティターニアは公爵を見上げる。


──オルシェ公爵家。その名はこの帝国の三大公爵家の一つだ。


建国時、初代皇帝を支えた弟皇子が祖となっていて、数代おきに妃を輩出したり皇女が降嫁したりと、皇族と縁が深い一族である。直系の子は代々銀色の髪や濃い灰色の瞳を受け継いでいるという。


現当主は確か騎士団長の位にある。つまり父と並んで、恐ろしく強いに違いない。そう自分の肌と目で感じたティターニアは、会釈をしてから少し後ろに下がった。


そんなティターニアとの距離を詰めるように、公爵の令息がティターニアの目の前まで来ていた。にっこりと作り物のような笑顔を浮かべると、ティターニアの前で優雅な礼をする。


「初めまして、美しい婚約者殿。ヴィクトルにございます」


「………婚約者?」


突然のことに驚くティターニアを余所に、ヴィクトルはティターニアの手をするりと持つと、慣れたように手の甲に口付けを落とした。

ティターニアは弾かれたように、オルフェウスを見た。


「父上、どういうことですか?初耳なのですが」


「細かいことは気にするな」


「細かいどころか重大なことでございます!一体何がどうなって──むぐっ」


戦以外のことでは大雑把で適当な父に抗議をしようとしたティターニアの口は、目の前にいるヴィクトルの手に塞がれた。

ご丁寧に、口紅が手に付かないようハンカチが挟まれている。


「そう怒っていては美しい顔が台無しですよ。ティターニア姫君」


「──、──っ!!」


今にも暴れ出しそうなティターニアの腰に、婚約者だというヴィクトルの手が添えられる。流石は騎士団長の息子というべきか、細身で優男な見た目に反してがっしりと力が込められていた。


「では、我々は一曲躍ってまいります」


「ティターニアをよろしく頼む。ヴィクトル殿」


ティターニアは助けを乞うような眼差しでオルフェウスを見たが、笑顔で手を振られ見送られてしまった。勿論、弟のマルセルもそれはそれは嬉しそうに微笑んでいた。


──まさか祝賀会で、婚約者に引き合わされるとは。思いもよらなかった事態(いま)に腹を立てながら、ティターニアは不慣れなステップを踏み出すのだった。



ティターニアとヴィクトルがダンスの輪に加わると同時に、皇室御用達の楽団は円舞曲を奏で始めた。この国の貴族ならば踊れて当然である、有名な曲だ。


──だが。


「あれがセルマーニ辺境伯のご令嬢か、美しいな」


「辺境伯に似て美しいですわね」


「美しいが、あれは……」


ひそひそと話す見物の貴族たちは、見目麗しいティターニアとその婚約者のダンスを眺めていたが、彼らの目は次第に瞬きが多くなっていった。


すぐに注目の的となった二人だったが、なんとダンスがとても下手だったのである。それも、女のパートだけが壊滅的に。


「──下手くそだな」


ヴィクトルがそう言ったのと、ティターニアが転けかけたのは同時で。かくっと傾いたティターニアの身体は瞬時にヴィクトルに受け止められ、次なるステップへと導かれた。


「うるさいわね。貴方と息が合わないのよ」


「世界中のどんな男でも合わないと思うが。この一曲で三十二回足を踏まれ、二十六回フォローをした俺が断言しよう」


「乙女の過ちを数えるだなんて、嫌な男ね。私はこんな男と結婚しなければならないの?」


ダンスを始めてからまだ五分も経っていないというのに、ふたりはもう親睦を深め──いや、喧嘩寸前であった。


ダンスが一番苦手であるティターニアは、ヴィクトルに度々挑発され、それに乗り──独創的なステップを披露しては転びかけているのである。


ティターニアはキッとヴィクトルを睨みつける。すると、ヴィクトルは何が面白いのか、くつくつと笑い出した。


「人形のようなご令嬢かと思っていたが、案外面白いのだな」


「私をネタに笑い物にされたらごめんなさいね」


「俺の心配はいいから、そのダンスをどうにかしてくれ」


「………絶対に嫌よ」


曲が終わると、ティターニアはヴィクトルに差し出された手を取ってテラスへと向かった。これ以上見世物にされるのは御免だったからだ。


「風が気持ちいいな」


ホールから洩れる明かりで、端正な横顔が艶めいて見える。風に優しく揺られている銀色の髪は綺麗にセットされ、服の趣向といいお洒落にこだわりを感じた。


ヴィクトルがティターニアへ顔を向けると、室内から黄色い声が上がった。どういうことかとティターニアが中を覗くと、複数人のご令嬢が顔を赤らめながらヴィクトルを見つめている。


「人気者は大変なのね」


「仕方ないだろう。この顔で何でも出来てしまうのだから」


どうやら婚約者殿は人気者かつナルシストのようだ。そう頭の中で人物辞典に書き加えたティターニアは肩を落とした。


(──この男、嫌いではないわ)


ティターニアはヴィクトルと目を合わせると、家族だけに使っていた表情筋を大いに動かした。すると、ヴィクトルは驚いたように目を見張ったが、すぐに笑みを返してきた。

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