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Best of You  作者: 貴理山 映帆
再会編
4/18

自信の一歩④

「まだ手首の力で飛ばしてるぞ!」


「指先で回転をかけようとするな!リリースした結果、自然に回転がかかるようにするんだ!」


 数日後の放課後(と言っても竜之介は通学していない)。いつもの寂れた駐車場の隅に少年の声が響いていた。もうすぐ春だというのに、今日もこの町は相変わらずの曇天だった。

 あの日から竜之介のシュート練習は続いていた。片手の力だけで飛ばす癖を抜くために、ゴール下、真正面に立ってひたすら利き腕の左腕だけでシュートを放つ。その際に腕の力は一切使わず、膝の力を意識して飛ばす。膝に溜め込んだ力を逃さずボールに伝えリリースする。言葉にすれば、それだけのことだが、その感覚を掴むのは中々に難儀なことだった。

 更に問題なのが、辰馬は


「正しいフォームで撃てば、フックの時みたいに手首で回転をかけようと強くスナップしなくても、自然に手首が動いて正しい回転がかかるんだ」


と言うのだが、その感覚もまた竜之介には掴めずにいた。ゴール下での癖で、どうにも手首で回転をかけようとしてしまう。


「なぁ、晴。なんかアドバイスないか?」


「私には男子のシュートフォームはわかんないな」


 今日はオフなので兄と幼馴染に付き合っている彼女に尋ねてみるが、どうしようもないみたいだった。


「とにかく反復だよ、リュウ。バスケは習慣の(ハビット)スポーツだから」


晴は愛想がないなりに励ましてくれる。晴の言う通り、感覚を掴むためにはやり続けるしかない。

 やり続ければ必ず成果が出るというわけではないが、それでも無駄になることは少ない。そう考えれば案外、自分はバスケに向いているのかもしれないと竜之介は考え直す。ゲームにおいても昔から行き詰まったら、とにかくレベリング。やれることから潰していき、正攻法で突破する性格だった。考えて考えて、目の前の課題を一つ一つ潰して、その積み重ねの先にコースのクリアであったり、ボスの撃破という結果が待っている。テレビゲームもバスケットボールもそう大差ないのかもしれない。


「うし、やるか」


「その意気だよ、リュウ」


 晴の励ましを受け、竜之介は再度リングの前に向かい、地道で大きな動きのない訓練を続ける。


「肩に力が入ってるぞ。力抜いてから撃ってみろ」


「やっぱり膝の力が伝わってない。リリースの前に逃げてる。ジャンプする勢い、というかジャンプしながらリリースしてみたら?」


 一投ごとに感覚を確かめ、三国兄妹からのアドバイスを反芻する。そうした繰り返しの果て、ジャンプしながら放った一本。その一本は腕の力を介さず、手首で回転をかけようとする癖も排除して、綺麗な弧を描いてリングに吸い込まれた。

 しばらく、その感覚を確かめた後、竜之介はゆっくりと二人の方を振り返り、おずおずと尋ねる。


「今の……良かったんじゃないっすか?」


二人は目配せをした後、クスリと、笑うと


「ああ!今のは完璧だ!」

「うん、今のは最高」


と頷いてくれた。

 一度正しいフォームを“体感”すれば、あとはその感覚を逃さないように、更に反復練習をするだけだ。

 然りとて焦って崩れたフォームで撃ってしまっては元も子もない。ボールを持つ前に肩の力を抜き、膝をゆっくり沈めた後、飛び上がった勢いに任せてボールを軽やかにリリース。ボールはやはり綺麗な弧を描いて、リングに吸い込まれる。

 少しずつ、少しずつだが着実に前進している。今、まさに踏み出しているこの一歩が初歩の初歩だという自覚は竜之介にもある。けれど、その一歩はスポーツをする上で、何事にも代え難い、最も純粋な喜びだった。とても長いこと忘れていたそれを、竜之介は久しぶりに感じ、高揚感に浸っていた。

 しかし、その高揚感はいつまでも続かない。ゴールからの距離を伸ばして行くと、やはりどうしても、遠くへ飛ばす意識が先走り、膝からの力が上手く伝わらず、フォームが崩れてしまう。結局、その日の練習はそこで行き詰まってしまった。


「そうトントン拍子には行かねぇわなぁ」


 そう嘆く言葉とは裏腹に、そこまで悲観的でないことは三国兄妹にはすぐに分かった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 故郷とはかけ離れた、真っ青な快晴の空の下、竜之介はその日を迎えていた。紺色のブレザーにはシワ一つなく、彼の父親の性格と、母親の気遣いを窺わせた。


「別に、もう着ることなんてないのに」


 最後まで、或いは最後くらいはしゃんとしていろという両親の考えが詰まったそれを摘んで、竜之介は苦笑する。

 卒業式はつつがなく進行し、そして終了した。クラスでは一応先生の話や、生徒一人一人の一言挨拶だったり、誰もが想像できるような卒業式後のあれこれが進行したが、そこには然程感傷的な雰囲気はなかった。それも当然のことだ。この私立中学は中高一貫校であり、ほとんどの生徒が内部進学するのだから。

 にも関わらず、なにを悲しんでのものなのか、その涙と晴れの日の背伸びしたメイクで顔を汚している女子生徒は一定数いる。


(どこにでもいるよなぁ、こういう奴)


 クラスの彼女らと違って、竜之介にとっては正真正銘別れの日だと言うのに、竜之介はどうにも感傷に浸る気分には中々なれなかった。それは自分が感傷的になるにはまだ若すぎるからか、それともここを離れる理由が後ろめたいからか。その辺りは未だに判然としない。

 そんな彼女らに冷ややかな視線を送った後、教室を後にした竜之介は校舎の前でチームメイトやルームメイトの長島らと言葉を交わした。


「相原、高校でもバスケ続けんのか?」


「どうだろ。まだあんまり考えてないな」


 目下、その件でこの世で最も傍若無人な幼馴染に詰められている身としては避けたい話題である。


「なんだよ、続けろよ〜。地方大会で俺たちと戦うんだよ!」


「そうだ!そん時はボッコボコにしてやるからな!」


「うちの高等部、地方大会出られるほど強かったか?」


 チームメイトたちのテンションに押され気味な竜之介がやや呆れ気味に呟くと、彼らは口々に捲し立ててくる。


「俺たちの代が強くするんだよ!お前がいなくなったって、俺たちはこの中学を地方大会に連れてったチームだからな!」


「人口の少ない県に行ったからって、自分の方が有利になったなんて思うんじゃねえ!」


「いや、そんなことは思ってないけど。そんな目的で高校選んでないし」


 いやにテンションが高い彼らに苦笑しつつ、少しだけ別れを惜しむように戯れ合いは続いた。


「じゃあ、次に会う時は地方大会だな」


「もういいや、そういうことにしといてくれ」


「言ったな、約束だかんな!」


 果たされるか分からない、果たすつもりもない約束を交わして、正確には半ば一方的に交わされて、竜之介は彼らと別れた。


「よう、相原」


 彼らと別れた直後に、声をかけられて振り返ると、そばかすが印象的な少年が自分を見上げていた。


「よう、長島。どうだった?束の間の一人部屋は」


「最高だね。今までの物置小屋みたいな窮屈さが嘘みたいさ。部屋が吹き抜けになった気分だったな」


「言い過ぎだろ」


「いいや、お前一人いるだけで部屋にモアイ像を置いてるような圧迫感だった」


「ははは、俺はモアイ像かよ。新しいルームメイトはせめて狛犬程度のサイズだといいな」


 聞き慣れた長島の悪態。これも、もう聞くことはないのだろう。いずれ出会うことがあるかもしれないチームメイトたちと違って、長島とはもしかしたら今後一生出会わないことだってあり得る。3年間同じ部屋で暮らした相手でさえ、もう金輪際、自分の人生に登場することはないのかもしれない。そう考えると、なるほど。確かに感傷的になってしまうかもしれない。


「そこなんだよな。次のルームメイト、多分外部生なんだけど、ソイツとまたゼロから人間関係築いて行くのがめんどくせぇ。相原みたいに最初からぞんざいに扱っていい奴だといいんだが」


「おいおい、俺が打ち解けやすく親しみの持てる理想のルームメイトだなんて、そんなに褒めてくれるなよ。照れるじゃないか」


「誰もンなことは言ってねえよ。鼓膜が腐り落ちてんのか」


 棒読みでとぼける竜之介と、容赦のない罵声を浴びせる長島。しばしの後、二人はどちらからともなく笑い合う。(はた)から見れば殺伐とした会話でも、二人の仲だから成立していた。その仲も、長島の言うように『最初から』成立していたわけではない。それなりの変遷を経て、今の関係に落ち着いた。それをなかったことにするのは忍びなかった。


「まぁ、相原なら、地元に戻っても上手くやれるだろ」


「俺のコミュニケーション能力を知っての発言とは思えないな」


「まぁ、確かに、お前はコミュニケーションが上手い奴じゃないが」


「おい」


「それでも、俺とそれなりに上手くやれたんだ。大抵の相手はなんとかなるさ」


長島は自嘲気味に、けれど清々しい笑顔でそう言った。


「確かに、長島みたいな偏屈ドチビと上手くやれるんなら、どこでだって上手くやれるか」


「おい!なんつった、この妖怪手長足長が!」


「おい、妖怪手長足長は二人で一対の妖怪だぞ……ってのは置いといてだ。自信くれてありがとな。またこっちに来る機会があれば、友達のいないお前のカウンセリングに付き合ってやるよ」


「抜かせ」


 聞くに耐えない暴言の応酬を交わし、正に二人が別々の道を歩き出そうとした時、


「あ、相原くん!」


言葉に詰まった高い声が、腐り落ちてはいなかった竜之介の鼓膜に届いた。


「「ん?」」


 長島と二人揃ってヒョコッと振り返ると、そこには女子生徒が3人いた。声の主はその真ん中にいる少女だった。平均的な背格好に、そこそこに整った顔立ち。背後の二人に比べると、些か大人しめな印象を受ける。2年の時に同じクラスで、一度だけ隣の席になったはずだ。人間関係にだけは凡そ全くと言っていいほど発揮されない記憶力を総動員して、竜之介は思い出す。確か名前は……。


「玉井さん」


だっけ?と心の中で付け加える。

 どうやら正解だったようで、彼女はホッとしたような顔をした後、慌ててこう続ける。


「あの、少し時間いいかな?」


その言葉を聞いた瞬間、竜之介の心臓は跳ね、そして長島が苦虫を噛み潰したような顔をする。


「ケッ、俺は失せるぜ。相原、地獄に堕ちろ」


「お、おい!」


ルームメイトとの別れは二人の関係にお似合いの殺伐としたものとなってしまった。

 さて、問題は依然として眼前にある。然程話したことのない女子生徒、その背中を押すように背後に控える二人の女子生徒、卒業式というタイミング。何色の脳細胞だろうが、簡単に結論に辿り着ける。これはもう確定演出である。


「ああ、うん。大丈夫大丈夫」


 声は上擦っていないだろうか。今、俺はどんな表情をしているだろうか。挙動不審ではないだろうか。クールでニヒルな男を気取っていようが、寧ろそういう振る舞いをするような典型的中学男子であるからこそ、竜之介はこういった経験がなかった。だから頭はパンクしそうだったし、挙動不審でないかと言えば、挙動不審そのものだった。


「え、えーと。相原くんにね、その……」


「ほら、ハルちゃん!頑張って」


 何かを言い淀む玉井さんとそれを励ます友人。竜之介からすると、そのいじらしい姿よりも、「ハル」という響きにドキッとさせられる。竜之介は後になって知ったが、玉井さんの下の名前は(はるか)である。しかし、その呼び方だと、いつもジトッとした目をしているバスケジャンキーを思い出してしまう。

 色んな意味で落ち着かない竜之介はどう切り出すのが正解か分からず、悩んだ末に玉井さんの言葉を待つことにする。


「私ね、あの……相原くんに伝えたいことがあって」


「つ、伝えたいこと……」


「う、うん!」


思わず玉井さんの発言を反復してから我に帰り、顔を抑える。今のはないだろ、今のは。なんで反復したんだよ、玉井さんも妙に緊張しちゃったじゃないか。そんな竜之介の内省を置き去りにして状況は進んでいく。


「あの、私、ずっと」


 さてさて、どうしたものか。俺は今から地元に帰る。内部進学をするであろう玉井さんとは距離ができてしまう。仮にだ、もし仮に、『ずっと』に続く玉井さんの言葉がアレだったとしてだ。その言葉に俺はどう返すべきか。玉井さんはかわいい。だが俺は彼女のことをまるで知らない。俺がそんな彼女の貴重な高校生活の何を背負えるというのだ。困った、これは非常に困った。なんという難問だ。彼女はまだ核心に一つも触れていないが困った。

 などと、竜之介の愚劣な桃色の脳細胞はもはや不随意的にフル回転していた。しかし、続く言葉は予測変換が勝手に導いたものとは違っていた。


「私、ずっと、バスケ部のこと見てたの!」


「……はい?」


「私ね、お兄ちゃんとお姉ちゃんがバスケしててね。私は運動神経良くないからやってないんだけど、でもね、バスケを観るのは好きで」


 竜之介の脳細胞は瞬く間に色を失い、萎んでいく。同時に彼が自認するところの“歳の割には落ち着いた少年・相原竜之介”が脳内に帰ってくる。


「それで、うちの男バスの練習もたまに覗いてたんだ!ほら、うちって女バスないじゃん?それに男子の方が派手に動くし。それで男バスをね」


「はぁ……なるほど?」


 先程までの大人しそうな印象とは対照的に、一度スイッチの入った玉井さんは辿々しく、それでいながら情熱的に言葉を連ねる。ちゃっかり胸の前で両の拳を握っていたりする。そんな勢いなので、竜之介には間抜けな返事をするのが精一杯だ。


「最初は近場でやってるし、空いてる時間に覗いてみようかなって感じだったんだけど、だんだんとチームとして応援したくなったの!」


「それはどうもありがとうございます?いや、ありがとうございました?」


 なんだか拍子抜けな話に困惑しているうちに、だんだんと気持ちと考えは落ち着いてくる。すると先程までの間抜けな思考、及びそんな思考に至った自分自身を消しとばしてしまい衝動が竜之介の胸の中で湧き上がった。だが、今は他にも気になることがある。それを尋ねてみることにした。


「それで……なんで、その話を俺に?」


「あ!そう!それを伝えたかったの。えっとね……実は、私が一番応援している選手がね…、相原くんだったの」


 やや照れくさそうに、上目遣いで竜之介を見る玉井さん。その言葉に、その顔に竜之介はまたも不覚を取る。さりとて、二度も愚劣極まりない己が脳細胞に支配はされまいと、なけなしの理性を振り絞ることに成功する。


「なんで、なんで俺なんですか?」


 言葉だけを聞けば、素直な質問と受け取ることもできる。けれど、聞く人が聞けば、見る人が見れば、それが相原竜之介という男の根底に巣食う何かが尻尾を出したのだと、見て取ることができたであろう。

 竜之介のことをほとんど知らない玉井さんが、どこまでその存在を気取ることができたかは定かではない。


「それがね……上手く言えないし、どうしても失礼な感じになっちゃうんだけど」


 そう前置きをして彼女は理由を語り出す。その言葉は竜之介の根底にあるものを小突いた。ほとんど見ず知らずの元クラスメイトが放ったそんな些細な衝撃で、これまで歪に重なっていた心のパズルがパチリと、一つハマる音がした。

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