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Best of You  作者: 貴理山 映帆
再会編
3/18

自信の一歩③

 辰馬の手を取ってから数日、毎朝と辰馬の下校後に竜之介は練習に付き合っていた。場所は相変わらず、焼肉屋裏のリング。流されるように始めた練習だったが、それなりには楽しい。そう感じ始めていた。

 だからと言って、高校でバスケを続ける気になったかと言えば、それはまた別の話だ。竜之介にはやはり、辰馬の言う“才能”というやつがわからなかった。単に身長の話でないとするなら、自分の何にそこまで強い関心を持っているのか。

 或いは、嘘でこそないものの、それは過剰な賛辞で、アイツの関心は自分のチームに使えそうな選手を引き込むことにしかないのではないか。いや、如何に傲慢に振る舞っていようと、アイツにも人の心がないわけではない……多分。辰馬とてただの畜生ではないはずだ。考え込んだ末に、竜之介はそう結論づけた。

 周囲と、誰より自らがその才能を認識するようになった頃からだろう。辰馬は時折ああした振る舞いをするようになった。他人が言い淀むことも辰馬なら言える。辰馬が言うなら仕方ない。そういう雰囲気を纏うようになった。

 アイツはなんでも上手くこなせる奴だから、中学の3年間で“大人”ってやつに変わるんじゃないか。“それ”を捨てたのではないか。そう考えていた竜之介だったが、辰馬は変わっていなかった。いや、多分“大人”になった部分もあるのだろうが、使える武器として、“それ”を捨てずに持っている。

 その雰囲気というやつに、取り敢えずはまんまと乗せられてみようじゃないかと、竜之介は手を取った。アイツが無神経に、傲慢に振る舞うのにも多分意味がある。今回もきっとそうなのだと、俺の幼馴染は自分の野望のために他人を利用し尽くす外道ではないはずだと、信じてやりたかった。だから竜之介は辰馬の真意がわかるまでは、付き合うつもりでいた。


「お前が、お前に才能がないと思う理由はなんだ?」


 今朝の練習で辰馬に問われた。登校前だというのに、辰馬は長袖Tシャツにジャージパンツと完全な臨戦体制。


(コイツ、本当にこれから学校に行くのか?)


と思う竜之介だったが、公立の入試試験も終わっているし、この時期の登校に恐らくそれほどの意味はない。だから、テキトーな格好でも良いのだろう、そう考えることにした。

 晴は、朝晩の練習には付き合わなかった。というより、今まさに現役である晴は部活の方で練習するのが自然だ。オフである水曜は夕方だけ顔を出すと言っていたはずだ。


「理由ねぇ……そんなに大層なもんじゃねぇよ」


 話は戻って、辰馬の質問について。なぜ自分に才能がないと思うのか。改めて考えると


「だって、事実才能なんてねぇんだから」


としか言いようがない。とは言え、そう答えるのも悪い気がするので、竜之介なりに言葉にしていく。


「逆に、どこに才能を感じればいいのか分からない。シュートは上手くない、というかシュートレンジが狭い。まともにジャンプシュートも撃てない。あとはドリブルができない。センターだからドリブルする機会もなかったしな。他には……」


「もういい、わかった」


 辰馬が竜之介の言葉を遮った。


「要はお前が言いたいのは、現時点でのスキルが足りてないって話だろ?」


「まぁ、そうなんのかな」


「俺は、人より早く走り出しただけのことを“才能”だとは思わない。それだけのことで、そいつが特別だって決まるとは思わない」


挑戦的な面持ちで辰馬は持論を述べる。辰馬は言葉より行動という人間なので、こういう言葉を辰馬から聞くのは、幼馴染にしてみれば新鮮だった。


「今のお前にはスキル面の指導が、お前自身のモチベーションが、お前より前を走ってる奴らより足りてなかっただけだ」


「そう……なのか?」


「そうに決まってる。そんで、どうせアレだろ?お前が走り出さなかったのは、ガキの頃に誰かにこう言われたからだ。『リュウは運動神経が良くない』ってな。聞き飽きた文句だ」


 これまた珍しく苛立ったように辰馬は呟く。確かにそれは竜之介にしてみれば言われ慣れた言葉だった。具体的に誰に、いつ言われたかは覚えていない。けれど、いつのまにか自己認識の一部として竜之介が受け入れていた現実。


「どんな競技でも他人(ひと)よりスタートダッシュが上手い、誰かより早く走り出した。俺はそれだけのことを俺の“才能”だなんて思わないし、誰にも言わせない」


 辰馬は語気を強めて熱弁する。それは普段の飄々とした姿とはかけ離れていて、恐らくは竜之介や晴にしか見せない姿だった。


「だから、お前にもお前の“才能”がそんなとこにあると思わないで欲しい。俺がお前に刷り込まれた、その認識を塗り替えてやる」


 この言葉が竜之介にとっては決定打となった。やはり辰馬には辰馬なりの考えがあって、自分を乗せるためだけでなく、心底“才能”というやつを感じているのだ。


「そんなわけでだ。まずはお前自身の思い込みを解かなくちゃいけないらしいな」


「思い込み?」


「ああ。シュートができないとかドリブルができないとか。だからまずは……そうだな。シュートの基礎をお前に叩き込む。お前ができないと思い込んでいることを、一つ一つ潰していく。そうすれば、お前も俺と頂点を目指す気になるんだろ?」


「最後の一部分に関しては、一切聞き覚えがないんだが……。まぁいいや、それで。俺に教えてくれよシュートを。いや、バスケを」


 そうして、辰馬の指導が始まった。指導を受け始めて、竜之介は改めて感じたことがあった。それは、小学校4年生からの6年間、竜之介が如何にバスケットボールという競技の基礎の基礎をおざなりにして進んできたかということだ。

 シュート一つとってもそうだ。通常、体格が出来上がっていない小学生、とりわけ低学年のうちは両手(ボースハンド)でシュートを撃つのが一般的だ。それを成長に伴って、片手(ワンハンド)でのシュート、所謂「左手は添えるだけ」というフォームに切り替えていく。左利きの竜之介の場合、添えるのは右手だ。

 しかし、竜之介と辰馬が所属していたミニバスチームにはまともな指導者はいなかった。辰馬は中学卒業後にまともな指導者に巡り合い、加えて自分の努力でなんとかしたらしいが、竜之介は中学でまともにスキル面の指導を受けることはできなかった。と言うより、そういうスキルを求められなかったのだ。

 中1時点で同年代より背が高かった竜之介に求められたのは、ゴール下での決定力。それだけだった。


「だから、俺がまともにシュートを撃てるのはペイントエリア付近でだけ」


 竜之介はリングの左側から左手だけでボールを投げる。ゴールとボールの間に自身の体を挟み、ゴールから遠い方の腕を更にゴール、ひいては今はそこにいないディフェンスから遠ざけるように振り上げながらシュートを放つ。要するにフックシュートである。中学3年間、求められる役割に応じて、竜之介が身につけたほぼ唯一の武器がこれだ。

 竜之介の手を離れたボールはバックボードに当たり、そのまま綺麗に跳ね返ってリングを通過した。


「俺にできるのは、これだけだ」


ボールを拾い、今度はそのままリングの逆側から右手だけで同じように撃つ。しかし今度は力加減を間違えたようで、思いの外強くバックボードに当たり、リングの上で数回跳ねた後に、ポトリとリングの中に入った。


「ありゃ、やっぱブランクはあるか」


「そのフックは使えるなって去年思ってたんだよ。で、お前がワンハンドで撃てるのは、それだけってことでいいんだよな?」


「そういうこと」


「じゃあ、普通にセットシュートを何本か撃ってみてくれ」


 その後、竜之介が何本かシュートを撃つのを、辰馬は黙って見ていた。そして、しばらくうんうんと唸った後、彼はこう指示した。


「よし、しばらくは片手でシュートの練習だな。右手は添えずに、ゴール下で正面から」


辰馬に言われた通りに、ゴール下でリングの真ん前に立つ。そして左手一本でボールを額の位置まで持ってきて、そのまま放る。流石にこの距離なら何の問題もなく、ボールはリングに吸い込まれる。

 しかし、辰馬はそれを見てビシッと指を立てた。


「それだ、それなんだよリュウ」


「どれだ、どれなんだよ辰馬」


辰馬に続きを促す。すると辰馬は、今度は丁寧に指摘する。


「今、お前どういう意識でボールを放った?」


「意識?えーと……ボールをリングに入れにいく?」


 竜之介の回答は一見すると酷く間抜けだ。何せ、バスケットボールという競技はボールをリングに通すことで得点を重ねるスポーツである。何を当たり前のことを言っているのだろうと、誰より竜之介自身が内心呆れていた。しかし、辰馬は笑わなかった。


「それが問題だな。リュウ、シュートを撃つってよりかはリングの上にボールを置こうとしてないか?」


「言われてみると……そうかもな。フック以外の時は基本そういう意識かもしれない」


「つまり、お前のシュートには二つしかない。ゴール下での指先でチョンと押し出すようなタッチ。あとは指先で回転かけてコントロールするフックのタッチ。ゴール下での競り合いの中でなら、その二つでなんとかなるだろうし問題ない。けど、ゴールとの距離が開くとダメなんだよ」


 辰馬は実演しながら、竜之介が扱える二つのシュートタッチを見せる。言われてみると、片手で押し出すか、指先で回転をかけるか、この二択ですべてを解決しようとしている気がする。


「リュウが使えるのは二つとも片手で始まって、片手で終わってるシュート。その癖がセットシュートに出てるんじゃないか?」


 確かに、竜之介のシュートは全てセットからリリースまで片手で完結している。ほぼ腕の力だけで放たれている。つまり……


「俺のセットシュート、いやミッドレンジより遠いシュートに問題があるのは、そこが自分の片腕の力だけで届く距離じゃないからか……?」


「まぁ、多分そういうことだと思うぞ」


 始終片手で完結したシュートに慣れてしまっている。そのため、片腕の力だけで届かないレンジのシュートになった途端にフォームが歪になる。そして、足りない力を補うために、つい右手の力を使ってしまい、回転も歪になる。

 整理してみれば、なんということのない事実ではあるが、こんな程度のことが分からずに、これまで『シュートが撃てない』と思っていたわけである。しかし、長年解けないでいた感覚的な問題が、こんなにも簡単に腑に落ちるとは。


「辰馬、お前ってそんなに頭良かったか?」


「なんだよ!失礼な奴だな!」


「いや、感心してんだよ。今のお前なら鳳西(ほうせい)にも受かるかもな」


「かもじゃないんだよ!受かるんだよ!」


 先程までは辰馬に主導権を握られっぱなしだっただけに、子供っぽく怒る辰馬の姿に竜之介は少し気分がスッとした。


「で、問題がわかったとこで、解決策だ。片腕だけじゃ足りない力をどこから補うか」


「今は、逆の腕の力に頼っているからフォームと回転が崩れてる。だから……」


 自分の全身で使える力がどこにあるか意識してみる。特にスリーポイントを撃つ時など、遠くに飛ばそうとする時、両腕以外でどこを使うか。答えは自ずと出た。


「膝か?」


「正解だ!」


 指先でボールを回しながら、辰馬は笑う。心底楽しそうなドヤ顔になんとなくムカついて竜之介はその脛を軽く蹴っておく。辰馬は「痛っ!」と叫んだ後、しばらく「何すんだよ」と呻いていた。

 そんなこんなで今朝の練習が終わり、現在竜之介は一人でテレビ画面と向き合っていた。画面の中では、竜之介が子供の頃からよく知っている少年が武器を手に駆け回っている。


(やっぱ面白ぇな、これ)


 実家を離れていた3年間はお盆や正月に帰省した時にしかプレイできなかったテレビゲーム。高校に入学したら、のんびりと10年前発売のコイツを楽しむ気でいた竜之介だった。


(もしかしたら、クリアできんのは随分先になるかもな)


 しかし、辰馬の介入により、竜之介の高校生活は想定していたものとは少し違うものになりそうだった。


(いや、なに流されてんだよ俺は)


誰にも見られていないのに、その考えを否定するように竜之介は首を振る。それでも、今日の夕方の練習にはちゃんと顔を出すつもりではいる。変なところで真面目で、変なところで付き合いが良い。相原竜之介とはこういう男だった。

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