メンター②
田島さんはプレーを通して、竜之介に何かを伝えようとしている。であれば、竜之介がすべきことは田島さんのプレーに込められるであろう何かを見逃さないよう凝視するだけだ。
「うおっ!?なんだお前。ベンチスタートに腹でも立ててるのか?」
と、取り敢えず形から入った竜之介だったが、そのあまりの目つきの悪さは左隣にドカッと腰掛けた佐々木さんを驚かせてしまったようだ。
『今日は様々なラインナップを試す』と明言した村木先生は1Q開始6分でエースの佐々木さん、シューターの山本さんを下げて、辰馬と田島さんを起用した。ウィング2枚を丸ごと交換した形だ。
「あ、いや、そんなこと全然!当たり前のことですし!」
「だろーな」
慌てて弁明する竜之介だったが、佐々木さんは興味すら無くしたように一瞥もくれずにボトルを引っ掴んでスポドリをがぶ飲みしている。
主将と田島さん以外の3年と未だほぼ関わりのない竜之介だったが、特にこの佐々木さんはなんとなく苦手だった。
別に悪い人ではないのだろうが、目つきは悪く愛想も良い方ではない。いかにも体育会系といった感じの風体で、その自信から滲み出る“強者”然としたオーラがバスケに関しては気弱な竜之介を萎縮させるのである。
主将もぶっきらぼうではあるが、彼とはまた違った圧を佐々木さんからは感じる。
一方で辰馬はこの近寄りがたい先輩の懐に難なく入っている。その辺りは田島さんの言っていたように佐々木さんは辰馬と同じ『そっち側』というやつだからだろう。
「で、そんな真剣に何見てんだ?」
さて、そんな近寄り難い先輩はすっかり竜之介に興味を失ったものと思われたが、どうやらそうでもないようで、漠然とコートを見ながら暇つぶし程度に話を振ってくる。
「あ、あの……田島さんのプレーを」
「田島ぁ?お前センターだろ?見るなら種島のプレーじゃねぇの?」
佐々木さんは無遠慮な物言いで至極当たり前の指摘をしてくる。コミュニケーション能力に長けていない後輩としてはなんとも話しづらい相手だ。
「おい、陽介。そういう言い方だと相原も話しづらいだろ」
やや萎縮気味な竜之介に救いの手を差し伸べてくれたのは、佐々木さんと同じく交代したばかりの山本さんだった。
山本さんは鋭利と言えるほどにツンツンな直毛が特徴で、口数は少なく落ち着いたタイプの先輩だ。親しみやすい田島さんとはまた違った大人っぽさを感じる。下の名前は侑だったはずだ。
「そうだぞ〜、そんな威圧的だからマネージャーと後輩が選ぶ『話しかけづらいチームメイトランキング』暫定1位なんだぞ〜」
更に佐々木さんを追撃するのがマネージャーの須藤奈美さん。ぶっきらぼうな体育会系か、口数の少ない先輩が多い中で数少ないチームの元気印である。伝達漏れが多いのが玉に瑕。
この練習試合のスコアは桜子さんがつけているので、今はベンチ周りでせかせかとカメラの固定など雑用をこなしつつ、ベンチの後ろ側からやいのやいのと騒いでいる。
「ったく……威圧なんてしてねぇよ」
「そーゆーとこ!そーゆーとこだよ陽介!」
「はいはい、わーった。わーったから」
佐々木さんは、ビシッと指を差してくる奈美さんを鬱陶しそうにあしらう。
「ところで陽介はなんで相原に絡んでたんだ?」
「確かに!後輩に絡むなんてみっともないぞ!」
「だから絡んでねぇって。なぁ、相原」
寧ろ奈美さんに絡まれているのは佐々木さんの方ではないか。竜之介が同情していると、佐々木さんが助けを求めてきた。
眉根を顰めたその表情は相変わらず強面だが、どことなく子供っぽくて親しみの持てるものだった。
「あ、はい。何を見てるのか聞かれたので答えてただけです」
「そう。そんでコイツが田島を見てるっていうから、種島じゃねぇのなって。そんだけの話だ」
「分かったか」と言わんばかりの口ぶりで佐々木さんは鼻息を一つだけ荒げる。
「ほら、コートを見ながらでいいから説明してくれよ」
唇を尖らせ、やや拗ねたような佐々木さんだったが、すぐにどこを見ているか分からない態度に戻った。逆側の隣では山本さんが、真後ろでは奈美さんが聞きの姿勢に入った。これでは逃げようがない。
竜之介は言われた通り、コートから視線を逸らさず話すことにした。コート上では新堂さんがボールをフロントコートへ運んでいる。メインハンドラーは辰馬ではなく新堂さんで行くようだ。
「なんで先生がこの時期にベンチの選手を積極起用するのか。主力にPTを重点的に割かなかったのか。俺はそれが気になったんです。それを知ることが、今の俺にとって重要な気がしたので」
何故、村木先生の意図が気になったのか。その理由はたった今、自ら口にして初めて自覚した。
そうだ。その理由を知ることが、この遠征で、このチームで、生き残るために必要だと本能で悟ったのだ。
「お前……それを田島に聞いたのか?3年で、ベンチ選手の田島に?」
「うぐっ……それは」
思わずコートから、と言うより田島さんから目を逸らして佐々木さんの方を見ると意地の悪い笑顔を浮かべていた。やっぱりこの人は苦手だ、と竜之介は思った。
「辰馬に負けず劣らず、お前も相当に鬼畜だな」
「いや、俺も悪いこと言ったなとは……」
「でも田島なら嫌な顔しなかったでしょ?」
山本さんの言う通りだ。田島さんは嫌な顔一つせずに俺の話を聞いてくれた。
「はい。田島さんは優しいので」
「陽介と違って?ねぇ」
「いや、あの……」
「おい……。なぁ、相原。俺は優しくないか?」
「いや、そんなことは……」
奈美さんがまたも佐々木さんを煽るが、どんどん肩身が狭くなるのは竜之介だ。竜之介にしてみれば本当に勘弁して欲しいものである。
しかし奈美さんも話を茶化すばかりではなく、ちゃんと聞いていたようで
「あー、でもそっか。田島くんなら丁寧に教えてくれそうだよね。相原くんのこと気に入ってるし」
などと曰う。
「え?田島さんが?」
「うん」
「俺を?」
「そう、君を」
困惑して竜之介が自分の顔を指差しながら振り返ると、奈美さんも竜之介を指で差していた。
「マジですか?」
「マジ」
「嘘」
「ホント。君が入部した時からずっと」
驚いて目を丸くする竜之介と同様に、なぜか奈美さんも大きな目を丸くしている。キョトンとしたその表情には、『鳳西の元気印』の面目躍如というような愛嬌がある。
「おい、試合見なくていいのかよ。田島から何かを学ぶんだろ?」
予想外の言葉を嬉しく思いつつも首を傾げていると、佐々木さんが続きを促してくれる。何故かずっとキョトンとしている先輩マネージャーに再び背を向け竜之介は語り出す。
「田島さんは、積極的なベンチ起用の意図は『勝つため』と言いました。目指してるレベルにその答えがあるとも」
「目指してるレベル……なるほど。そういうことか」
佐々木さんは僅かな言葉から田島さんの
考えを理解したようだった。
「その答えがなんなのか、田島さんが体現してくれる。だから今は種島さんじゃなくて、田島さんなんです」
「そういうことなら田島で間違ってない。いや、田島ほど適格な奴はいないな」
「だな、田島は俺にも……いや、これは言い過ぎか」
右に座る山本さんは得心したようで、佐々木さんは何かを言い淀んでいる。一方選手ではない奈美さんだけが理解できていない雰囲気が、背中越しにも感じられた。
説明が終わると、自然とその場の全員の意識がコートに戻る。
攻撃の起点は司令塔の新堂さん。その新堂さんからボールを受け、ウィングの位置から辰馬が攻撃を仕掛け、難なく点を取った。まずは辰馬のスコアリングがどこまで強豪校に通じるか、その能力を測っていると言ったところか。
アイソレーション。特定の選手が1対1をしやすいように、自由に攻撃する空間を確保するために他の4人が大きく距離を取る。村木先生が指示した覚えがないので、恐らくは新堂さんの指示で彼らはそうしている。
次のオフェンスも意図的に同じ展開。相手のSFは辰馬と同じくらいの身長。ミスマッチはない……はずだが。
右サイドの辰馬は、右手でドリブルをゆったりと突き出したかと思えば、次の瞬間には体を沈め、鋭く低いドリブルでボールは左手へ。右から左へのクロスオーバー、相手は対応しようと重心が辰馬の左手方向に傾く。
だが更に次の瞬間、辰馬は同じかそれ以上の鋭さでボールを左から右にクロスオーバー、そして辰馬の左足は相手DFの左足の横へと伸びている。それはDFの敗北を意味していた。
何故なら、この状態からDFが辰馬の進路を塞ごうとすれば、真横あるいは後ろからになり、それはファウルになる。ここから相手DFが一人で、かつノーファウルで辰馬を止めようとすれば、辰馬がシュートをリリースした直後にボールだけを叩く、所謂チェイスダウンブロックぐらいしかないが、見たところ彼のレベルでは辰馬相手にそんなプレーはできない。
気づけばシンプルな動きで辰馬はマークを引き剥がしていた。そして、一人では最早辰馬を守りきれないと悟った相手チームも即座に対応。ゴール下に鎮座する相手Cがゴールから辰馬の方に寄り、カバーに入った。
この場面で辰馬が取れる選択肢は大きく二つ。シンプルに自分より大きな相手Cに突っ込み、レイアップ、あるいはファウルをもらいにいくこと。
もう一つは自分をマークしていた相手Cが辰馬の方に寄ったことで、有利になるであろう誰かにパスを捌くこと。
竜之介はその刹那、チラリと種島さんを見やる。
(流石に強豪校、カバーダウンも徹底している)
カバーダウン。辰馬の侵入に対し、相手DFがカバーに入れば当然にそのDFがマークしていた選手、今回で言うと種島さんはフリーになる。そうしてフリーになった種島さんを、今度は辰馬とは逆サイドのDFが自分のマークを捨ててカバーすることだ。
この場面ではゴール下にいる種島さんがフリーになることが最も得点期待値が高く、相手DFにとっては避けたい事態。だからこそ、アウトサイドにいる新堂さんであったり、田島さんのマークを捨ててまでカバーに入るのだ。
少し話は逸れるが、バスケットボールのOFは基本的に、一人の選手がフリーになることを目指す。だからOFはカット、ドライブなど様々な手段で自分のマークをかわし、別の選手がカバーに来れば、カバーによって開いた“穴”にボールを捌く。
対してDFは開いてしまった“穴”を埋めるべく、なるべく速やかに対応して、カバーの連鎖を行う。強豪校ほど、この速度が上がる。
OFが“穴”を広げるのが先か、DFが“穴”を埋めるのが先か、この追いかけっここそがバスケットボールの、というより多くのゴール型競技の本質と言えるだろう。
そんな余談はさておいて、現在の状況に話を戻すと、種島さんの前には相手のガードがカバーに入っている。ただ、当然ながらガードの彼と種島さんとではサイズ差はある。多少強引ではあるが、種島さんにロブパスを投げれば一定の得点期待値は見込める。
或いは自分のマークマンが種島さんにカバーダウンに入ったことでフリーになった田島さんにパスを捌き3PTを狙うことも考えられる。
自分で決めるか、種島さんか田島さんにパスを出すか。果たして辰馬の選択は。
(ま、だろうな)
それは竜之介からすれば見慣れた光景だった。辰馬は一瞬チラリと種島さんに視線を移すも、すぐさまレイアップの姿勢を取り跳び上がる。辰馬の視線のフェイクに引っかかり反応が遅れた相手Cは慌ててブロックに飛ぶ。
それすらも読み切って、辰馬は空中で彼を躱しつつ、それでいながら僅かに背中をぶつけ、右手ではなく長く伸ばした左手でボールをコントロール。ゴールの左側からレイアップを決めて見せた。
ダブルクラッチ。跳び上がった後、一度レイアップの姿勢を解くというフェイクを入れ、長い滞空時間の間にもう一度レイアップの姿勢を取る派生系。
そして、ボールがネットを揺らすと同時に審判の笛が鳴り響く。それはファウルをコールする笛。バスケットカウント、通称バスカン、或いはエンドワン。得点が認められると共に、シュートファウルも認められ、フリースローが1本与えられる。
辰馬はフリースローを難なく沈め、3点プレーを完成させるだろう。1ポゼッションで3点を獲得、3PTでのバスカンを除けば最良の結果。しかし、その選択にもその結果にも驚きはない。それが三国辰馬という男だからだ。
「さ、流石だね三国くん…。これがゴールデンルーキー!」
「アイツ、種島も田島も見えてたな」
「だね。その上で自分なら3点取れるって確信して突っ込んだ。見せつけるように。リスクを取ってまで」
奈美さん、佐々木さん、山本さんが口々に感想を漏らす。ベンチに限らず、会場中からどよめきが起きている。
だが、竜之介は今の辰馬のプレーにそれほど関心を寄せていなかった。そのぐらいは知っているからだ。
山本さんの言う通り、辰馬はあの場面で誰かの視線を意識しながら、自分の輝きを見せつけるようにプレーする余裕まであった。
(誰に見せつけたか?決まってる。村木先生、それしかない)
挑戦的、ともすれば挑発的なプレーだった。それはある程度のレベルの選手には感じ取れる。
「俺ならこれを決められる。俺にとってはこんなものリスクでも何でもない」
そう、プレーが雄弁に語っていた。
直後、村木先生がタイムアウトを要求。第1Q残り2分を残して、選手たちがベンチに帰ってくる。ここまで、田島さんに目立ったところはなかった。




