『いつかけってやる』
俺は、日照りの強い職場で弁当を食っていた。まだ結婚したてで、嫁のリコの手作り弁当を食うのは新鮮そのものだ。職場仲間にも「自慢すんなよー」と茶化される。今日は、そんな弁当箱の底にメモが貼られていた。
「なんだ?」
そこにはこう書かれている。
_______________
【きょうのおたのしみ】
うらみて?(ワクワク)
妻より。
_______________
(おたのしみ?)
今日は俺の誕生日でも何でもない。サプライズか何かか?……よくわからないが、自分で『ワクワク』とか書いてしまう嫁が可愛い。俺はドキドキしながらメモの裏面を見た。
_______________
かくごしておけ。
いつかおまえをけってやる
_______________
(え?)
俺。何か悪いことしたか……?
メモを見た同僚は、
「そういうプレイかよ……」
とドン引きしていた。
「ち、違うぞ! これは、誤解だ!」
「良いって、愉しめよ」
「うぅ……!」
俺は、いつか嫁に蹴られるのか?
そういうプレイに目覚めるのか!?
今日の仕事は謎のメッセージのせいで、ソワソワして力が入らなかった。同僚たちは俺をからかうように、「がんばれよ!」と声をかけて来た。
(うるせーやい!)
さて。
家の前だ。
(何と声をかけよう……)
俺が困っていると、後ろから声がした。
「あら、ひとし。お帰りなさい」
「リコ⁉ こんな時間まで何してたんだ」
俺が顔を真っ赤にしたのを見て、リコは「ちょっとね……」と妖艶に笑った。止めようと思っても、意識的に見てしまう。体のラインとか顔。あとは脚とか、足とか……!
(あ。俺だめだ、いつか目覚めさせられてしまうんだ!)
「……メモは見た?」
「見ました。覚悟してます。その日が来たら、よろしくお願いします」
「ふふ」
家の中に入って先ず、嫁は、「さて、何か変わったことはないでしょうか?」と訊いてきた。俺はそういう変化には気づかない性格だから素直に訊き返した。
「冷蔵庫を見てみて」
嫁は嬉々として指をさす。冷蔵庫。見た目は変わりない。
(ということは中身か)
俺は、冷蔵庫を開いて見た。
「ローストビーフにホールケーキ?」
「オレンジジュースもあるわ」
「……?」
俺はカレンダーを確認した。
「今日は誕生日でもないし、結婚記念日でもないぞ……?」
「ふふ。そうよね」
「じらさずに話してくれ……ん?」
俺はリビングの机の上に、四角い検査キットが置かれているのを発見した。流行り病のとは違う。これはおそらく……。
「リコ。おま……! ま、まさか……!」
「ふふふ。授かりましたよ」
(妊娠検査キットだぁああああああ!)
俺は身体が跳びはねるほど喜んだ。陽性だったからだ。
「なぁ。赤ちゃん、動くのか?」
「まだよ。胎動は140日ぐらいでするんだって」
「そっかぁ……元気よく蹴ってくれると良いなぁ」
(ん?)
あー。なるほど!
「リコ。『いつかけってやる』って赤ちゃん目線の言葉だったんだな」
「へへーそうでーす」
その笑顔と声。かわいすぎるだろ!
「ひとしは、何か勘違いしてそうだったけど。メモの内容のこと。どう考えてたの?」
「いや、その……い、良いじゃないか……! めでたい! 今日はたくさん食べよう!」
「いえーい!」
無事に産まれて来いよ。俺たちの赤ちゃん!