ある墓標
深い森の中。
かつては人が行き交う道であったところに、今はぽつんと、朽ちた木の名残だけが佇んでいた。
かつては、旅人たちの憩いの場であったのだろうか。
それとも、先を急ぐ人々には見向きもされない場所であったのか。
今はもう、わからなくなって久しい。それほどの月日が経った頃。
亡霊のような一人の人間が、その場所にふと、足を止めた。
それは過去の亡霊か、あるいは今のこの世の亡霊か。
ともかくそれは、まるで生気を感じられない、しかし、生きた人間だった。
それは、今にも森に呑まれようとしている苔むした木肌にそっと手を付き、どことも知れぬ宙を見つめた。
まるで、その消えゆく木を通して、森と話をするかのように。
しばらくじっと佇んでいたそれは、徐にその場に座り込み、疾うに朽ちて根元を残すだけとなったその木に背を預けた。
そこが、それの死地だったのか。
それは、そこから動くことはなかった。
その後、どれほどの時が経ったのか。
また一人、ふらりとその場所を訪れる者がいた。
その者は古い古い文献を頼りに、かつての道を巡り巡り歩いていた。
かつて、朽ちゆく老いた木があったところ。
今は新たな若木が、枝葉を茂らせようとするところ。
そこにぽつりと、髑髏が落ちていた。
風雨に晒され、土に汚れ、ほかの骨どもを土台にして、それは一人の旅人を見つめていた。
旅人はそれを見つめ返し、何事かを考えると、それに近寄って骸を撫でた。
それから両膝をついて手で穴を掘り、その骸骨をそっと、穴に埋めた。
旅人は、側に立つ若木の枝をぽきりと一本拝借すると、墓標のように埋めた穴の上に差し、少しの祈りを捧げた。
そしてまた、今は廃れたかつての道を静かに去っていった。
そしてまた、刻む名もないその墓は、森の中に消えていった。