8話 煽り
私は頭が痛くなってきた……目の前の光景をなんて形容して良いのか分からなかったからだ。口喧嘩、と言ってしまえばすぐに伝わるのだけれど、それにしてはあまりにも……。
私の元婚約者であるフリック第三王子が、ルービック・キングダム侯爵と言い争いをしているのだから。しかも内容的に、キングダム侯爵の煽りにフリック様が顔を真っ赤にして怒っているような状態だった。
「サンマルト王国の恥だと……? 貴様、何を根拠にそんなことを言えるのだ!? 私は王位継承権第三位のフリック・サンマルトだぞ? 将来の国王は私になるかもしれんのだ!」
「ははははっ、これは傑作ですな! フリック王子殿下はなかなか面白いギャグをおっしゃる才能が、おありのようだ」
「な、なんだと……!?」
フリック様が劣勢に見えるのはおそらく気のせいではないはず。キングダム侯爵があんなに好戦的な人だとは思わなかったけれど、第三王子殿下に対してあんな物言いをして大丈夫なんだろうか? いくら侯爵様とはいえ……。まあ、権力という意味合いでは公爵の令嬢でしかない私よりは事実上、上になるだろうけど。
「フリック王子殿下、あなた様は私達貴族の名前を何人覚えていましたかな?」
「そ、それが何か関係があるのか……?」
フリック様は答えようとしないわね。婚約者であるはずのシャーリー嬢も黙ったままだし……。本日はフリック様とシャーリー嬢の婚約記念パーティーみたいなもののはず。そう考えると、有名な貴族達が様々な理由で挨拶に来ているはず。その時に祝辞を述べるのか賄賂を提供するのか、単なる挨拶で終わるのか……その辺りは本当にまちまちだけれど。
シャーリー嬢の無言の様子を見る限り、各貴族への対応は失敗したようね。
「関係あるでしょう? 臣下の名前を覚えるのは、上位者である王家の人間にとっては最低限のマナーのはずです。婚約者のシャーリー嬢にも頼っていたようでしたが……フルネームを言えた相手は、半分に到達しましたかな?」
「……」
フリック様の沈黙……どうやら、名前を覚えていた貴族は半分に満たなかったようね。
「アルゼイ様……申し訳ありません。なんとお恥ずかしい……」
私の徹夜で事前準備をしたサポートは、フリック様には全く届いていなかったようね。彼は私の苦労を継承してくれてはいなかった。私に婚約破棄をする時には、あんなに「誰でも出来る仕事をやったからと言って威張るな!」と叫んでいたのに……フリック様なら簡単に出来るとも言ってたっけ。
「いや、エリザ嬢の気持ちも分からなくはないが、全く気にすることではない。それよりも、同じ兄弟として恥ずかしいのは私の方だ……」
アルゼイ様の気持ちはとても理解できていた。確かに同じ王族というカテゴリーで比べる貴族が居るだろうことも考えると、彼にもダメージが行きそうだし。
「エリザ嬢と別れたのは非常に勿体なかったのでは? そちらのシャーリー嬢は、エリザ嬢と比べると政務能力等が落ちるようですし」
「何を馬鹿なことを……! エリザなど居なくても、王位継承権争いに何の問題もない!」
「左様でございますか、フリック王子殿下。ですが、自分の名前もろくに覚えてもらっていない貴族達が、果たしてあなたを支持するでしょうかね? さらに、エリザ嬢とは婚約破棄をしたのですし。この状況で、兄上であるアルゼイ様達に勝てると考えているとは……素晴らしい自信家ですな。尊敬いたしますよ」
「ルービック・キングダム……随分と好き勝手言ってくれるじゃないか? その顔、しかと覚えたぞ?」
「おやおや、今度は脅しですかな? フリック王子殿下。この程度の煽りで取り乱すお方に、サンマルト王国の頂点が務まるとは、とても思えませんがね……」
「貴様……!」
キングダム侯爵はどこまでも挑発的だった。本当に大丈夫かしら? フリック様は頭の出来はともかくとして、権力だけは無駄に持っているから……仕返しされないといいけれど。
アルゼイ様と楽しく話していた矢先に垣間見た、フリック様とキングダム侯爵との口喧嘩。フリック様とシャーリー嬢は想像以上に仕事が出来ていないことが分かり、キングダム侯爵はとても好戦的だということが分かる結果となった。
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