ライカのおつげ
クリスマス間に合いませんでした……。
まどの外をながめていたライカは、思わずためいきをこぼしました。もうすぐクリスマスだというのに、まったく心がはれません。
それもそのはずで、ライカはある男にさらわれ、このさびしい町のはずれにある家に、とじこめられているのです。
男の名前は、アラ。町でも有名ならんぼう者でした。ライカがアラにさらわれてしまったのは、かのじょがこきょうの川べで水くみをしていたときのこと。きせつはまだ、これから夏をむかえるといったじきでした。
アラはライカに、
「ひと目ぼれした。おれたちは、きっとむすばれるうんめいなんだ」
と言い、うむを言わさずその体をだきかかえ、山の中にわけいってしまいました。
ライカは、きょうふとオドロキのあまり声もあげられませんでした。それでも、しだいにじたいを飲みこみ、ていこうしようとしましたが、アラのうでをふりほどくことはかないません。
けっきょく、アラはかのじよのことばには耳をかたむけず、家までつれて帰ると、そのままライカをじぶんのおくさんにしてしまったのでした。
(もう、ここから帰ることはできないかしら? あの男のつまとして、一生すごさないといけないの?)
そう思うと、いっそう気がめいります。
ライカは、これまでなんどもにげようとしました。しかし、そのたびにアラに見つかり、ぼう力をふるわれました。
そしてとうとう、りょう手りょう足にかせをつけられ、アラがいなければ自由に歩きまわることもできなくさせられてしまったのです。
ですので、一人でいる時は、こうして家のまどからにわのようすをながめてすごすしかできません。
近ごろは心ぼそさのあまり、つねにずつうがして、ありもしない声や、いもしないマボロシを、聞いたり見たりすることさえありました。
その日も、アラのるす中、ライカはにわにうわったほそい木のそばにげんかくを見てしまい、思わず目をしばたたかせました……。
※
つぎの日の朝。
いつものように山しごとにむかおうとするアラに、ライカはいいました。
「あなた、今日は森の入り口でいいものが見つかりますわ。あなたのほしがっていた、新しいおのが、森の入り口の手前に落ちているのよ」
「なんだって? おのが落ちているだと?」
アラはしんじていないようすでした。
「本当なのよ。わたしにはわかります。そういうおつげがあったんです」
「そうかい。それぁいいな。買いかえる手間がはぶけるや」
やはりしんじていないのでしょう。アラはニタニタとイヤな笑いを浮かべて言い、出かけていきました。
※
(あのむすめ、とうとうおかしくなっちまったんだろうか? いもしないモノを見たり、ありもしない声を聞いたりするのは、頭がドウカしているしょうこだ)
森へむかう道を歩きながら、アラは考えました。おつげがあったなど、マトモなはつ言とは思えません。
それでも、ライカを手ばなすつもりはなく、いっしょう自分の家にとじこめておくつもりだったのですが……。
ほどなくして、れいの森の入り口の辺りへついたとき、アラはおおいにおどろきました。
うすぐらく口をあけた森の手前に、たしかにいっちょうのおのが、落ちているではありませんか。
それも、えもはもピカピカの、新ぴんのおのです。
「まさか、あんなもう言が、本当になるなんて……」
しばらくのあいだ、あぜんとしていたアラでしたが、ひとまずおのをひろいあげました。
そして、二ど、三どとふり回すうちに、かれはしだいに上きげんになりました。
「ちょうど新しいおのがほしいと思っていたところなんだ。おれはツイてるぞ」
新ぴんのおのをネコババしたアラは、はな歌を口ずさみながら、森の中へ入っていきました。
がんらいのそぼう者であるアラのことですから、た人のものをくすねるていどでは、ざいあくかんなど、少しもおぼえませんでした。かれはもっとわるいことを、これまでなんどもおこなってきたのです。
ものをぬすむなど当たり前。ときにはぼう力にまかせ、ごういんにうばい取ってしまうこともあります。
そんなわけですから、町の人たちはみんなアラのことをきらっていました。にもかかわらず、だれもアラを面とむかってひなんしたり、とがめたりすることはできないのです。
みんな、アラのことを──かれのぼう力を、おそれていたからです。
だからこそ、町の人たちは、ライカがゆうかいされ、とじこめられていることを知っていながら、みな見て見ぬフリをしているのでした。
※
それからつぎの日も、ライカは出かけるおっとに、おつげをおしえました。
「あなた、今日は森の入り口の前に、毛がわのぼうしが落ちているわ。とても上とうな、ウサギの毛がわのぼう子よ」
「おのの次はぼうしときたか。これまた大助かりだな。ここのところ、あたまの毛がさびしくなって来たところだ」
このときはまだ、アラははんしんはんぎのようすでした。たしかにおのは手に入りましたが、それだけではおつげの力をしん用できません。
「本当なのよ。しんじてください」
なおも言うライカに見おくられ、アラは出かけていきました。
するとどうでしよう。本当に、ライカの言ったようなはい色の毛皮のぼうしが、やはり森の手前に落ちているではありませんか。
アラは目を丸くしました。そして、少しのあいだ、あごひげをなで回してから、ぼうしをひろって、ハゲたあたまにかぶせました。
「やっぱり、おれはツイているらしい。きっといい子にすごしていたから、神さまがプレゼントをくだすったんだ」
アラはいっそう気をよくしました。
※
つぎの日も、そのまたつぎの日も、ライカはおつげを口にします。
「今日は新しいブーツが手に入りますわ」
「今日はポンチョが落ちているでしょう」
ライカのよ言はけっして外れることはありませんでした。アラはくる日もくる日も、森の入り口でものをひろっては、家に持ち帰りました。
「おれはなんていいよめさんをもらったのだろう。ねがったものがなんでも手に入れるんだから、こんなにラクチンなことはない。きっとあいつはむすめのすがたをした、サンタクロースかなにかなんだ」
アラがかのじょのおつげをうたがうことは、もうなくなっていました。
それどころか、明日はなにが手に入るのだろうかと、まいばん楽しみにしながら、ねむりにつくのでした。
そんなことがなん日かつづいたある朝のこと、ライカはやはり、おっとに神さまのけいじをつたえます。
「あなた、今日はれいのばしょに、あなたの大こうぶつの、くんせいニシンが落ちているわ」
「なに、本当かい? だったらうれしいな。おれぁたしかにくんせいニシンが好きなんだが、このところありつけていなかったんだ」
アラはいきようようと、森へ出かけていきました。
そして、思ったとおり、いつものばしょにくんせいニシンがおいてあるのでした。りっぱなニシンが四びも、まっ赤なひもでくくられ、ごていねいにおさらの上にのせられています。
アラはそれを手に取って、においをかぎました。まちがいなく、ほんもののくんせいニシンです。
おいしそうなかおりに食よくをしげきされたアラは、のらしごとをするのはやめにして、家にひきかえし、さっそく大こうぶつを食べることにきめました。
家に帰ってきたアラは、ひろってきたニシンのおさらを、食たくにのせました。
それから、ライカにむかっていいます。
「お前さんの神つう力は、どうもほんものらしい。おかげでことしは、いいクリスマスになりそうだ」
「それはよかったですわ」
「どうたい、お前さんもいっしょに食べねえか? きょうだけはとくべつに、手かせをはずしてやろう」
「いいえ、遠りょしておきますわ。あなただけでめし上がってください」
アラはおどろき、そしてかんしんしました。
(まるでつまのかがみのようなはつ言だ。どうやら、おれのしつけがうまくいったらしい。なんてすばらしいことなのだろう)
かれはほこらしげな気もちで、
「そうかい。なら、お言ばにあまえさせてもらうぜ」
そういうと、赤いひもをひきちぎり、ニシンを一び、大きな口をあけて、頭からかぶりつきました。
むしゃむしゃ、ばりばりと、かれはニシンをまたたくまにかみくだき、ごくん、とのみこみました。
そして二びめにかじりついた時、アラはとつぜん、きょうれつなねむけをおぼえました。
思わずニシンをテーブルに置いて、目をこすります。しかし、そんなことではどうにもならないほど、まぶたが重くなっていました。
(……はて、おかしいぞ。なんだっておれは、こんなにねむたいんだ?)
どうにか口の中にあるものをのみこんだアラでしたが、すいまにていこうするのは、とてもこんなんでした。
彼はしだいにふねをこぎはじめ、とうとうふかくここちよいねむりの中に、しずみこんでしまいました。
※
「──い!──おい! おきろ!」
そんなどなり声とともに体をはげしくゆさぶられ、アラはようやく目をさましました。
口のはしからヨダレをこぼしたまま、かれはけだるげにひらいたひとみで、目の前にあるかおを見あげます。
かれはいつの間にか、三人のけいさつかんたちに、取りかこまれていました。
「……なんだ、おめえらは。人さまの家にかってに上がりこみやがって」
ねぼけまなこのまま、それでもアラは、かれらをにらみつけました。
「つうほうを受けてやってきたんだ。どろぼうをつかまえて、この家にとじこめておいたとな」
「どろぼうだと? はっ、そんなもん、どこにいやがんだ」
「どこもなにも、お前さんがそうなのだろう?」
さも当たり前のようにそう言われ、アラはおどろきました。
そして、すぐさまはんろんしようとしたのですが、そうするよりも先に、と口から中のようすをけんぶつしていた町の人びとが、つぎつぎに声をあげます。
「あそこに立てかけてあるおのは、おいらが新ちょうしたもんだ!」
「アラのやろう、うちのせがれのぼうしをかぶってやがらぁ!」
「あのブーツ、わたしがにわさきにほしてあったものだわ!」
「わしの手ぶくろをぬすんだのは、お前だったのか!」
アラはふたたびぎょうてんし──すぐさまげきこうしました。
「デタラメを言うな!」
そうさけび声を上げ、あばれようとしたのですが、うまくいきません。
それもそのはずで、かれのりょう手とりょう足には、いつのまにかかせがつけられていたのです。
かれが、ライカにしていたのと同じものです。
そのため、アラはせいだいにつんのめり、大きな音を立てて、ゆかにたおれこんでしまいました。
「……こんなのはうそだ。おれはなにもわるいことなんてしていない。ここにあるのは、みんな神さまがおれにめぐんでくだすった物なんだ」
このことばをきいたけいかんたちは、かおを見あわせました。
それから、三人ともあわれむようなまなざしを、ゆかの上のアラにそそぎます。
「そんなもう言を、われわれにしんじろと言うのかい?」
「もう言なんかじゃない! 本当なんだ! 本当に、おれのカミさんがよ言したんだよ! まい朝、おれか出かける前に、『今日は森の入り口に何なにが落ちている』って、おれにおつげをおしえてくれたんだ!」
「ふうん、おつげね……」
さきほどとはべつのけいかんが、つぶやきました。そのかおに、あきらかなれい笑をうかべて。
「それで、お前のカミさんとやらは、いったいどこにいるんだ?」
そのといをきいて、アラはハッとしました。ようやく気がついたのです。ライカのすがたが見あたらないことに。
(ハメられた……すべて、あのこむすめがしくんだことだったんだ!)
おそらく、そうなのでしょう。ライカのふしぎなおつげは、かれをこらしめるためのわなに、ほからなかったのです。
「そんなもの、いやしないんだろう? きくところによると、お前はらんぼう者でわるさばかりしていたせいで、だれもむすめをよめにやりたがらなかったそうじゃないか」
アラは言いかえすことができませんでした。じじつだったからです。
だからこそ、かれは気に入ったむすめを、ゆうかいしてじぶんのおくさんをしようとかんがえたのでした。
このままではけいさつにつかまってしまいます。助けをこうように、アラは家の前につめかけていた町のじゅうみんたちのほうを見ました。
すると、かれは人だかりの向こうに、はっ見したのです。ライカのすがたを。
「そのむすめだ! そこにいるむすめが、おれのつまなんだ!」
アラのほうこうをきき、けいかんたちはいっせいに、そのしせんのさきをふりかえりました。
町のひたちもふくめ、そのばにいるぜんいんが、ライカにちゅう目しています。
しかし、かのじょはおくすることなく、ただそこにたたずんでいました。
ほどなくして、けいかんの一人が、アラにむきなおりました。そして、あきれたようすで、かれをしかりつけたのです。
「いいかげんにしなさい。──あんな小さなこどもが、お前のよめさんのわけないだろ!」
アラがなにを言っても、もうムダでした。
けいかんたちはかれをごういんに立ち上がらせると、そのままむりやりれんこうしていきます。さすがのアラも、くっ強なけいかん三人におさえつけられては、ふりほどくことはできないのでした。
※
それからなん日かたち、ライカはぶじに、生まれそだったこきょうの町に、帰ってきました。
しとしとと雪のふるなつかしい通りを、わが家を目ざして歩いているところです。
そして、となりには、かのじょのお父さんのすがたがありました。
「あの日、おまえがアラの家の中にいるのを見つけたときは、本当におどろいたよ」
「それはわたしのほうよ。お父さんがいきなりにわさきの木のそばに立っていたんだもの。ビックリして、げんかくかと思っちゃった」
ライカのお父さんは、かのじょがつれさられた日から、ずっとむすめのことをさがしていたのでした。
そして、あの日、なにかしらないかはなしをきいてみようと近づいた家の中に、ライカのすがたをはっけんしたのです。
思いがけないさいかいをよろこんだ二人ですが、すぐにライカをつれて帰るわけにはいきませんでした。アラに見つかってしまえば、どんな目にあうかわからなかったからです。
そこで、ライカとライカのお父さんはちえをしぼり、きょう力して、かれをやっつけることにしました。
アラが森の入り口の前でひろったものは、みんなお父さんが、町の人からはいしゃくしてきたのでした。と言ってもぬすんだのではなく、じじょうを話し、かしてもらったのです。
ライカのきょうぐうを知っていながら、見て見ぬフリをしていたざいあくかんがあったのでしょう。町の人たちは、みなこころよくききいれてくれました。
また、アラが食べたくんせいニシンには、お父さんがあらかじめねむりぐすりをしこんでおいたのでした。そうして、ニシンをたべたアラがぐっすりねいったのを見はからって、ライカとお父さんはかれをこうそくし、けいさつにつうほうしたというわけです。
二人が家につくと、待ちかまえていたライカのお母さんが、ドアを開けてくれました。
ライカは思わずお母さんにだきつき、お母さんもライカのことを、めいっぱいだきしめます。
「よくぶじで帰って来てくれたわ! 本当に、本当によかった!」
ライカをはなし、そのひえたほほにキスをしたお母さんは、かのじょにききました。
「きょうのお夕はんは何がいい? ライカの食べたいものだったら、なんでもこしらえてあげる!」
すこしかんがえてから、ライカは笑がおでこう答えました。
「ニシンいがいだったら、なんだってうれしいわ!」
それをきいたお母さんは目をまるくし、お父さんはおおいに笑いました。
こうして、ライカはだいすきなりょうしんとともに、しあわせなクリスマスをむかえたのでした。