ぬばたま3
翔之介は息が詰まりそうになった。
「まさか!こんなおそろしい術をこんなこどもが使えるはずがないでしょう?彼はまだ魔道の訓練もまともに受けていないのよ」
「それはどうかしら?あやしいものではなくて?現にいま彼は術の名前を知っていたのよ。今朝ちょうどそんな夢を見ただなんて、そんな偶然があるとお思いになって?」
「それは……」
たま子が言葉につまっていると
「――なにをいったい朝から騒いでおる?いくら年寄りは朝が早いとはいえ、あまり早くからやかましいのはかなわんぞえ」
猪吉にともなわれてあらわれたのは龍子である。
主の登場に、みなかしこまった。
龍子は横たわった男を見ると
「……おう、なんじゃこれは『ぬばたま』ではないか。昔よく龍雄が通り魔に使っておった技じゃな」
いかにもなつかしそうに言った。そして説明を聞くと楽しそうに
「おうおう、なんじゃ?翔之介。おぬしがこれをやったというのかえ?」
翔之介は首をプルプルと大きくふった。
「いいえ!そんなこと!」
「しかし、それは確かにおかしなことよの。……なに?夢で龍雄が『ぬばたま』を使うところを見た?……ほう。そうとあらば、おぬしはもしかして夢を見ているうちに起き上がって術を使うたのやもしれぬな。夢の龍雄は、実はおまえ自身ということよ。そういえば龍雄もこどもの時分に、よお寝ぼけて隣に寝ているものを襲ってしまったものであったからなあ。
ホッホ、これはめでたいことじゃな。禍王の当主になろうかというものはそれぐらいの元気がなければのう。よい跡取りではないか、なあ猪吉?」
「さようで」
豹子が不服の声をあげそうになったが、それを制するようにピシャリと
「もおよい。とっとと後始末をつけて散会じゃ。たかが侵入してきた敵対派の子ネズミ一匹のことで騒ぐことはない。――猪吉、朝の茶を用意せい。今日は朝から吉祥で気分がよいことよ」
と当主の威厳を見せた。
豹子は憎々しげな眼を翔之介に向けた。次期当主としての欠点をあげつらう気が、逆に大おばを喜ばせる結果になってしまった。
「……まあ、二代つづけての残虐性ということね」
吐き出すように言葉を言い捨てると、天鼠先生を伴い去っていった。
龍臣もどこかふてくされた顔で去った。
たま子は
「みんなの言うことなど気にしないでね」
といったが、その顔はおびえていた。
(ぼくがやったとおもっているんだ)
親しみを感じていたたま子にそんな風にみられるのはショックだった。
ただひとり、残った魔美子は冷静に
「もういい時間になりましたわね……今日は新たな小学校に転校するための手続きがございます。朝食をお召し上がりになったら、ご用意をなさってください」
と腕時計を見ながら言った。