巨人号の事件60
従者は
「……これはあまりに法外なおことばに、わたくしも呆けてしまいますな。長年、斑玉家にお仕えしてきたわたくしが当主であられる鬼利江さまを刺し殺すとは、あまりに荒唐無稽、というより最大の侮辱ですな。甥御さまをかばいだてするあまり、妄言を弄すおつもりですか?」
やわらかな言い方に明確な敵意をこめて言った。
魔美子はその敵意を受け流して
「……そもそも不審をおぼえたのは、鬼利江さまが翔之介に黄金の短剣をお贈りくださったときでした。短剣なんて、似つかわしくないもの」
「あら。幼くとも魔道家の当主ならば、短剣を持っても不自然ではないでしょう?」
蘭子のことばに
「甥に短剣が似合わないと言っているのではありません。鬼利江さまが短剣を贈物に選んだことが、似つかわしくないと思ったのです。あの方はかわいらしいものがお好きでした。それにこう言っては失礼ですが、魔道に通じていない鬼利江さまが魔道具を吟味できるとは思えません。贈呈品としてあの短剣を進言したものがいる。それは、世話役として斑玉家の所蔵品を管理しているツァーリ……あなたしかいないでしょう?」
魔美子のことばに、
従者は
「それで?わたしのすすめによって鬼利江さまが短剣を贈ったとして、どんな不都合がありましょう?この短剣が、翔之介さま用に誂えられたものであることがすべてでしょう。短剣を鞘から取り出し鬼利江さまに突き立てられる者は、残念ながら翔之介さましかおられません」
反論に
「そんなことはどうとでもなる。甥を陥れるためにあなたが使ったトリックは、とても単純なものです」
叔母はそこでことばを切ると、つづけて
「翔之介に贈られたのとそっくり同じ造りの短剣がもう一振りあれば良い」
あまりの単純な理由に、一同面食らう。
ツァーリは鼻を鳴らして嘲笑するように
「そんなバカな……鬼利江さまがおっしゃっていたでしょう?『この世に一つしかない貴重なものだと」
反論にも、
冷ややかに
「それはルビー……『羅刹王の血』はそうでしょうね。鑑定すればすぐわかる。でもそれ以外の短剣と鞘部分はどうかしら?剣をあつらえるさいスペアを用意しておくのはよくあることだわ」
つづけて
「翔之介に贈られた短剣から『羅刹王の血』を外して、スペアに嵌め直せば、翔之介以外のものが鬼利江さんを刺し殺すことができる」
「それがツァーリだということ?」
「どういうこと?じゃあ鬼利江さんに突き立てられた短剣は、ぼくに贈られた短剣とは別物ということ?」
「そうよ」
「そんなの、すぐにバレない?ぼくが持てば……」
「鞘から抜けばわかるけど、うまい具合に鞘はなくなっている。あなたのものかどうかなんて、もはやわからないわ」
叔母の理屈に少年は希望を持ったが、考えるとどこかおかしい。
「……あれ?でもそれだと、ぼくのもらった剣から『羅刹王の血』を外しとかないといけないよね?」
その短剣は今も船のなか、陽城家が宿泊していた部屋の金庫にしまってあるはずだが。
「それは、もちろんツァーリが盗み出したのよ。レプリカの宝石と取り替えてね」
そこまで聞くと従者……ツァーリはわらって
「空想に空想を重ねた妄言ですな。すべて、あなたの甥御さまにご都合の良いよう重ねてある。あなたさまは、わたしに奥さま殺しだけでなく窃盗まで押し付ける気ですか?」
たしかに、妄言としか聞こえない飛躍した話だ。周囲の聴衆も冷ややかな視線を向けるなか、
魔美子は
「押し付けてなどいないわ、ただの事実よ」
胸を張りつづける。




