巨人号の事件59
「……狂ってる。ニンゲンがあの魔獣に挑むなんて」
崩子のつぶやきに、
蘭子が
「とはいえ、さすが一度クラーケンと戦って生き残っただけあるわね。よくもまあ、あの触手を巧みにかわす」
「――ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃぁっ!!!」
クラーケン……海獣が繰り出す巨大な触手の攻撃を、ハンター・アハバは爛々とした眼に奇声を発しながら(浮板もないのに)海の波を巧みに跳ねてかわすと銛で突かんとする。
しかし触手の動きも巧みで、その銛をかるく受け流す。
まるで、武術の達人同士の鍔迫り合いのような凄みが、そこにはあった。
「見事ね。あの触手をかわしながら攻撃を加えるだなんて、常人の魔道者にはこなせない。サカイモノだけからなる異形の組織……狩道会の狩道者の実力は本当に高い」
魔美子も、そこは率直にニセモノ船長の能力を称賛する。
職人……奇多郎も
「一度にあれだけの術式を展開するとは、えれぇもんだ。だいぶ前から用意しといたんだろう」
ラビは
「海獣を多量の術式で覆って動きを止める気か?長期戦に持ちこむつもりだな」
魔道者ぞろいなだけに、眼前の戦いを冷静に分析する。
そして
「……避難するなら、今のうちだな」
皮肉なことにクラーケンを引きよせた本人のアハバによって、巨人号への海獣の注意が離れている。彼らがやり合っているすきに、救命艇に乗り込んで少しでも遠くに避難するべきだろう。
その場にいる一同が、救命艇に乗りこもうとすると
「ちょっと待ってよ。あたし、殺人犯といっしょのボートに乗るのはイヤよ。翔之介くんが鬼利江さんを刺し殺したんでしょ?」
蘭子が陽城家、そしてその場にいるものすべてに告げる。
一同がざわつくなか
「……なぜ、そうお思いに?」
魔美子がしずかに問い返すと、
唯一の志魔家とされている女性は
「だって、鬼利江さんに刺さっていた短剣は翔之介くんに送られたものなんでしょう?しかも、それを鞘からぬけるのは彼だけらしいじゃない」
それは従者から流れた情報だろう、あるじの遺体を抱えるツァーリが少年を見つめる目ははじめから変わらず険しい。
猜疑の視線があつまるなか、容疑者の叔母は
「宅の翔之介は、犯人などではありません」
きっぱり言った。
そして
「あたくしどもにしたところで、鬼利江さまを殺害した犯人と同じボートに乗るというのは、ごめんこうむりたいですわ」
強気に言うと
「犯人がだれかなんて、とうにわかっております。ただ、先程は転換で飛ばされたので言えなかっただけですわ」
衝撃の発言をした。
これには翔之介もびっくりで
(えぇっ!ねえさま、さっきはそんなこと全然言ってなかったじゃない。いいかげんなハッタリだけでこの場を逃れる気?)
甥を守るためなら、どんな嘘八百でもつくであろう叔母だが、そんなものでこの窮地を乗りこえることができるのだろうか?
「へへぇ?それは、すごいわねえ。せっかくだからボートに乗る前に披露していただこうじゃない」
いかにも揉めごとが好きそうな蘭子が、人の悪い笑みでうながす。
それに対して、背筋を伸ばして眼鏡をととのえた魔美子は、ぴしゃり
「鬼利江さまを刺殺したのは、あなたでしょう?……ツァーリ」
鬼利江の遺体を抱える従者を指さした。




