巨人号の事件58
船の最上部……操舵室の屋根部分に、銛と拡声器を持ってすっくと立つ陽気なマドラス野郎のすがたが、そこにはあった。
「……船長!?」
「やあ、諸君!すてきなショウを楽しんでいただけているかな!?」
それは、巨人号の船長である脅谷強司船長。なによりも乗船客の安全に責任を持つはずの人間が、この最悪の非常時にいかにも楽しそうな声でうなっていた。
「船長、いったいなにをこの非常時に?無事だったのならば、はやく指揮してお客さまの安全を誘導していただかないと!」
船員のことばに
「そんなこと言われてもさ!なにせおれは、いとしのクラーケンちゃんに向けてラブ・ソングを贈らなきゃいけないからさ!」
言うと、拡声器の前で口をパクパクさせて歌っているような素振りを見せるが、実際の声はなにも聞こえない。
みなが戸惑っていると、船医が
「まさか!?縊々子嬢の声を買ったのはあなたか!?」
さけんだ。
わけのわからない翔之介らに、船医は亡くなった歌手の魔能について簡単に説明する。そして怒気をこめて
「船長であるあなたが、なぜそんなことを!?」
さけぶように問いかけると、
上にいるマドラスすがたの男はとぼけた口調で
「……船長?船長って、どこにいるの?」
あたりをきょろつく。
「……まさか?」
「そぉーーでぇすっ!!おれはこの船の船長などではありませーん!おれの正体は……」
そこで男は自らの顔の皮をはがすと、その下からあらわれたのは、中東系を思わせる壮年男性の浅黒く陽気な、しかし顔中きずだらけの顔立ちだった。
「ジャジャーン!偉大なるハンター『アハバ・ダイナス』でした!」
声こそ変じたが、翔之介らが最初から知っている脅谷船長のふざけたものいいだ。
「ハンターだと!」
ハンターって、たしかアチラモノを狩る人たち……?
「どういうこと?」
蘭子が
「まさか『アハバ』って、あの『くるくる頭の(ウィリング・ヘッド)アハバ』?やだぁ、狩道会から破門されたやばいヤツじゃない」
顔をしかめる。
それに対して船長……いや、ハンター・アハバは
「ふんっ!おれこそがほんもののハンターだ!狩道会なんて、あんな根性なしのやつら、こっちから破門さ!」
豪快に鼻を鳴らす。
(たしかに最初からふつうじゃない船長だったけど、まさか偽物だったなんて!)
少年は、おどろきあきれて声も出ない。
「いったい、ほんものの脅谷船長はどうした?」
船医の問いに、
アハバは
「彼には、はやくにサンタ・マリアしてもらったさ」
言いながら、十字を切って空を仰いだ。「天国に送った」ということだろう、ひどい話だ。
「なぜそんなことまでして、クラーケンを?この船に恨みでもあるのか?」
さらなる問いにも
「そんなものはなにもない。おれはただ、あいつにもう一度挑みたかっただけさ」
海に浮かぶ巨大すぎる魔物をにらむ。
蘭子はぎょうぎょうしく
「ああ。ハンター・アハバといえば、むかし南極でクラーケンがらみの大事故を起こしたヤバいやつさね。たしか、いくつかの魔道組織が共同して南極のアチラモノ調査をおこなったときよ。たまたまハンター・アハバを含む隊があの伝説の魔獣に遭遇したんだけど、そのときアハバは周辺の安全も顧慮せず、がむしゃらにクラーケンに挑んだのよ。だが狩りは失敗に終わり、興奮したクラーケンによって数十名におよぶ関係者の命が奪われた」
大事件じゃん!
「そう。狩道会が他の組織に責められて、それまでの狩猟第一主義を改めざるをえなくなった歴史的事件」
魔美子が言いそえると、
ハンター・アハバは
「はんっ!!」
不満いっぱい顔で
「ハンターが獲物を眼の前に、手をこまぬいてどうするよ!狩るためならなんでもする。それこそが『狩道』に生きるものだ!なによりも優先されるべきは『狩り猟り』であって、人命などその次よ!」
きっぱりと人命軽視を放言する。
彼は巨大な海獣にむかって笑顔満面
「よくおれのもとにもどってきてくれた、マイ・ラバー!せいぜいたのしく殺りあおうぜ!!!」
拡声器を捨てると大跳躍!銛一本のみを手にして飛びかかった。




