巨人号の事件57
翔之介が魔美子とラビ、そしてキャリバンとともに救命艇を備えている7階外部デッキにおりると、そこには危機を逃れてたどりついた乗客がいた。
まだ今も避難中の者もいるだろうが、全体の乗船数から考えると少ない数だ。
そのなかには、先程ひとりでトンズラした蘭子もいて、キャリバンを見とめると
「なんだ、おまえ生きてたのかい?じゃあ、とっとと荷物をお持ち。こののろまが」
その無慈悲なことばに翔之介も思わず、ゴンシロウのようにこの女性の頭をカチ割ってやりたくなったが、ことばには出さない。
「ふご」
痛めた体を引きずりながら忠実にしたがう従者を見送ることしかできなかった。
他には
「あっ、奇多郎さん!」
手ひどい暴力を受けたのかして顔面がまっかに腫れ上がった職人が
「おう、イテテ。ひどい目にあった」
崩子嬢に包帯を巻かれていた。
「ほんとうにひどい目にお会いになって……」
甲斐甲斐しくもつきそう。
そのわきに控えているのは、従者のツァーリだった。毛布にくるまれた大きなものを大事げに抱えている。それは
「……鬼利江さまのご遺体です。捨て置けませんので抱えて参りました」
血まみれの剣は別にくるんであった。「羅刹王の血」が赤く輝いている。従者の翔之介を見つめる視線はきびしい。主を殺したと思っているのだ。
「まったく、こんなときに殺人事件なんていやねぇ。それどころじゃないっていうのに」
事情を聞かされたのであろう、蘭子嬢がぼやく。
そこにもうひとり
「――やあ、たどりついたのはこれだけですか?」
血まみれの男性が女性を背負って下りてきた。
船医の泥形だ。
背上にいるのは歌手の縊々子だが……抱えた船医は鎮痛な表情で
「残念です。途中、怪物の触手に刺されてね。なんとか抱えてきたが……」
彼女はすでに事切れていた。
先程ショウで元気に歌っていたのを見たばかりなのに。鬼利江に続いて歌手……。死を見ることに慣れていない少年は、ショックを受けた。
ぼろぼろになった船員が
「とにかく今この場におられる方だけでも、救命艇に乗っていただ……」
言いかけたそのとき、またもや大きな衝撃が巨人号を襲った。
重量17万トンにおよぶ巨大な豪華客船が一挙に傾げる。翔之介らはうまく手すりをつかんで逃れたが、できなかったものは海に放り出されてしまった!
その衝撃をなしたものが船の横に浮上する。それは、一本一本巨大な触手群が集る、想像を絶した生きものだった。少年が船内で見たのは、全体のほんの一部だったのだ。
翔之介は、ひとりこの巨妖に向かっていたゴンシロウを想った。自分たちのために時間稼ぎをしてくれた
中年魔商が生き残ったとはとても思えない。泣き上戸のおじさんの顔を思い浮かべると、涙が出そうだ。
「……やはり、クラーケンか」
船医が青ざめた顔でつぶやいた。
「実際に見るのは初めてだが、間違いない。海に携わる魔道者ならだれでも知っている。ぜったいに関わってはいけない魔獣だ」
「クラーケン?なぜそんなものがこの船を襲うのです?」
奇多郎につきしたがう崩子の問いに
「――それはすべて、私のおかげだ!」
意気軒昂な大声が甲板のはるか上からした。




