巨人号の事件56
(いけない!)
もうだめかと翔之介も思ったが、しかし次の瞬間もキャリバンの頭部は無事だった。
バシリ!
触手をはねのけたのは、大きな旅行トランク、そしてそれをふるったのは、翔之介も知り合いの魔商……ゴンシロウだった!
「……だいじょうぶかね?」
きょうの中年男性は、めずらしく飲んだくれていないようで、声がしっかりしていた。
「フゴォ、フゴフゴフゴ」
倒れた従者が身を起こす。感謝の意を示しているらしい。
魔商はしぶい声で
「無事なら良い……しかし、ほんとうにひでぇな、あの女は。ゆるされるのであれば、今すぐにでも頭をかち割ってやりてぇところだ」
言いながら、せまる触手をトランクではらい続ける。それがすさまじい技量によるものだとは、こどもの目にもあきらかだった。
「ふご」
そんなことしないで、というキャリバンのうめきに、
中年魔商はますます目を細めて
「きみはやさしいな。そんな目にあってもまだあの女を憎まないか?……まあ、そんなだからつけこまれたんだなぁ」
「ふご?」
ゴンシロウは触手の攻撃を受け流しながら
「心配せずとも、あの女は殺さない。今やつを殺したところで、きみは開放されないからな……しかしまあ、なんとひどい契約を結んだんだ。まわりにだれも頼りになるものがいなかったとはいえ、世間知らずにもほどがあるぞ」
言いながら涙ぐむ。
「ふご?」
「――でもいいか?今しばらくきみのその不幸な境遇は続くが、必ず終わりのときが来る。なにせ、あの人間の面した牛がおれに直接言ったことだからな。あいつの言うことはすべて本当になる……だから、それまでの辛抱だ」
わけのわからないことを言うと、翔之介らを見て
「陽城!この子をつれてやってくれ!そのあいだ、このぬたくり野郎はおれが引き受ける!」
怪物に向けて一歩前に出る。
「そんな!あなたひとりでは!」
「かまわん捨て行け!今までなにもできなかったおれが、少しでも役に立つならそれでよい!」
魔美子も受け入れて、キャリバンに肩を貸す。
それを見て中年魔商は
「これでいい……こんな船でたまたま出会えたのも、死んだ女房と鷹……そっちの先代の引き合わせだろう……しつけぇネチョツキ野郎め!おれが相手してやる!」
触手を払いながら、魔商のすがたは船の奥に消えた。
「娘に会ったらよろしくな!」
最期まで、わけのわからないことばかり言っていた。




