巨人号の事件54
叔母は
「では、ごいっしょに」
「ふむ」
杖をついてはいるが、老人の足腰は丈夫だ。階段を下りながら
「今日が安息日でないことを神に感謝せねばならん。戒めとして外に出歩くこともままならんでな。部屋におったら海に飲まれておるところだ。わしは泳げんのでな。もし海に沈んだりしたら、陸に上がるのが一苦労だ」
溺れ死ぬ心配をしないのか。やはり、ふつうの人間とは異なるらしい。
「……ラビ。失礼ですが、あなたのような厳格な方が、なぜこのような享楽的な船に?」
魔美子の問いに
「なに。わしには探しものがあってな。それを探すための旅を続けておる……ぬしらに尋ねてもよいかな?それは、わが師がしたためた呪符だ。とても力が強く危険なので、悪用を防ぎたい。どうも極東のこの島国にわたったらしいというので来たが、それ以上の手がかりがなくてな。それらしい品が出そうな商会場を手当たり次第訪れている。この船にもそれで参加したのだが、やはりなかった」
気落ちした様子の老人に
「……その呪符とは、やはりヘブライ文字で書かれてあるものですわね?」
「無論」
しばらく考えた様子の魔美子は
「それならば、かむのの旅館に宿泊なさると良いかもしれません」
「カムノ?……たしか、おそるべき異形はびこる街として有名なところだな」
「ええ。以前あたくしの亡兄から、友人がヘブライの呪符をもとに魔道具をつくった話を聞いたことがあります。その友人のご実家が、その旅館です」
「ほう」
「無駄足になるかも知れませんが……」
魔美子の遠慮に、
老人はわらって
「ホッホ。心配なさらずとも、無駄足などここ数百年ふみ続けよ。ひとつぐらい増えたところでなんともない……いや、感謝する。魔道者にとって金より価値ある情報を、通りすがりの老人に与えてくださるとは」
「あなたは甥を救けてくださいました。これぐらいのお返しはしませんと……」
「ホッホ。ささやかな善行もしてみるものだな。もし神が見ておられるならば、これが将来につながることであろう……と、その前にこの船から無事に出ねばならんな」
襲ってくるイカのイーカくんを自前の呪符で追いはらいながら、老人は
「この船が、あなたにはどう見えるかな?幼き当主よ」
翔之介に問う。
「どうって……」
問われて困る少年に対して、
老人は
「わしには、乗船当初からどうにも不自然な感じがしてならん。これらの人形にしたところで、わしらのつくるゴレムとは根本が異なる、おぞましいものよ」
おぞましいって?
けげんな少年に
「この世に長くおりすぎるわしが言えたことではないがな。これらの人形……そしてこの船から強烈に漂っているのは『死臭』よ」
顔をしかめた。




