巨人号の事件46
シャワー・ルームにひとりで転送された崩子は、魔道者らしくすぐ自らと周囲の置かれた状況を理解した。
(――はやく、あの方を探さないと)
臆することなく乱雑に転換された船内を移動する。
そのとちゅう、男性用トイレをぬけたビリヤード室で出会ったのは、船医の泥形だった。
「やあ斑玉さま、これはもう……大混乱ですね」
彼もすでに状況を把握していた。また、そのわきにすわりこんでいるは
「あなたはたしか楽団の……」
歌手・縊々子だった。ステージ衣装とは異なる地味な寝巻きすがただが、芸能に関わる者の華やかさはただよっている。
「あなたはご無事ですか?」
「ええ、ただ」
上級船員かつ医師である彼にだまっていてもと、崩子は叔母が殺害されたことを伝える。
船医は目を見開いて
「なんたること!信じられん!……すぐさま医師として検分したいところですが、この状況では……通信機器もさっぱりで艦橋とも連絡がつきません」
「そうですか。あたくしも早く家人と合流したいのですが……」
令嬢は呆けたようにすわりこむ歌手をちら見て
「で、いったい……?」
この室に入ったとき、医者はまるで縊々子を問いただしているように見えたのだが。
船医は、崩子のふくみを感じ取って
「……それがですね」
歌手に視線を移すと
「縊々子さん。あなたはこの事態が起こる直前、自分を船から降ろすようコンシェルジュに要求していたそうだね。なんなら着艦中のヘリに乗せて飛ばしてほしい、などと無茶まで言って。あなたは今この船内で起きている混乱について、なにかご存知……もしくは予期していたのではないかね?」
たずねた。
その問いに、歌手は船医の顔をまじまじと見つめ返したが、しばらくすると視線をそらして
「あたしはなにも知らない……ただ、こうなっては早く船から逃げることをすすめるわ」
つぶやいた。
崩子は
「逃げる?船内がまるで迷路と化して混乱しているのはわかりますが、逃げる必要があるというのはどういうこと?ヒトガタの危険度をおっしゃっておられるの?」
正直ふつうの魔道者にとって、ヒトガタの暴走はわずらわしいが命の脅威とまではならない。
「それは、ただのおまけにすぎない……」
わからない表現で返す歌手に令嬢が戸惑うと、わきから
「やはり、ヒトガタらがおかしくなったのはきみの魔能によるものだね?」
泥形がただすことばに、縊々子はぎょっとする。
船医はつづけて
「レセプション・パーティの際に違和感を覚えたので、調べさせてもらったよ。きみの声に、アチラモノにネガティヴ作用する音域が含まれていることは、楽団員みな薄々知っていた。そして、そのことにきみが悩まされていたことも。きみがステージで歌うと、感覚のするどい動物や魔獣が反応して暴れることがしばしばあったからだ。きみは自分の魔能を制御することができなかった。
初日のパーティで、お客さまがつれていたオオトラトカゲが暴れたのは、まさしくきみの歌声によるものだ」
その指摘に、歌手は面を下げて慄く。彼女は、自分の声がトカゲに影響を与えたことにわなないて舞台を下りていたのだ。
船医は
「アチラモノを惑乱、凶暴にさせる『パンの歌声』。いま、この船内でヒトガタらが異状を示しているのは、きみのその魔能によるものだ」
言い切った。




