巨人号の事件39
そして実際、贈答用に丁重に包んだ犬張子をふたりして持参すると
「まあ、かわいらしい。このワンちゃんは夫婦で仲が良くていいわね」
鬼利江は、少年の予想よりずっと喜びの表情を見せた。
この中年女性にもカワイイを愛でる感性があるとは、翔之介は気づかなかったので
(さすが、ねえさまだなぁ)
と感心した。
「ツァーリ、このワンちゃんたちを棚の一番良い所に飾ってくださる?ならべてあげて」
「――はい、あっ」
主人から番を受け取るときにどうしたことか、しっかり者の従者が人形を片方取り落とした。
張り子だからこわれることはない。コロコロ転がってきた雌犬を翔之介が拾ってわたしたら
「も、もうしわけございません。陽城のご当主に、床のものをお取りいただくなどおそれおおいふるまいを」
滅多に見せないしくじりに周章狼狽したのか、ペコペコと頭を下げるすがたがまるで高速で動く水飲鳥おもちゃのようだった。完璧に見える従僕の、意外と人間味があるすがたに
「そんな。気にしないでよ」
少年は言いながらも、思わず笑ってしまった。
鬼利江もわらっていた。
親しくなった女性が無事に箱を開けられるか気にかかるいっぽうで、翔之介少年は与えられたクルーズ旅を楽しまずにはいられなかった。
船内施設では食べ放題遊び放題なうえ、各寄港地での観光までついてくるのだ。叔母といっしょに初めての土地を見て回ることは、こどもには刺激的だった。
そんなじゅうぶんすぎるほどの夏休みを満喫しているうちに、巨人号でのクルーズも残りわずか一夜となった。明日の朝には帰港することになる。
「ねえさまは、今日は商会場に行かないんですか?」
甥の問いに、
魔美子は
「ええ。最終日のオークションは、プロ対象のもの。あたしたち一般客は参加できない。流出品は見つけられなかったけど仕方ないわね。あの犬張子だけでも買っておいてよかった」
最後の晩なので、招いてくれた斑玉家……鬼利江のもとを再度の礼と挨拶を述べに訪問するつもりだったのだが、彼女の体調がすぐれないらしく遠慮した。明朝早くにうかがうしかない。
(箱が開きますように)
せめて、彼女のために祈ろう。
「今夜はあなたとゆっくり過ごすわ。ショウがあるそうだから、いっしょに観に行きましょう」
屋外デッキのプール前で催されたラスト・エンターテインメント・ショウは豪華で、プロジェクション・マッピングや噴水・花火・ドローンを組み合わせた迫力ある演出のもと、歌やダンスのパフォーマンスが展開される。
初日のパーティで調子を崩していた歌手の縊々子嬢もすっかり良い調子で、「リトル・マーメイド」の主題曲などを歌い上げていた。
「……よかったわね」
叔母はディズニー好きだから、満足顔だ。ほんとうはペン・ライトのひとつでもふりたかったのだろうが、魔道家としての体面がそれをゆるさず残念だ。
花火ショウが終わると、すっかり夜は更けて真っ暗だ。
ふたりで部屋に引き上げようとしたとき、黒い空に明るい点光が見えた。




