巨人号の事件37
「鬼利江さん、こんにちわ」
「あら、翔之介さん。よくいらしてくださいました」
すっかり禍王家の当主に気に入られた翔之介は、しばしばその部屋にひとりで招かれるようになっていた。
寝巻きすがたの当主は従者……ツァーリの手を借りて起き上がる。彼女はここのところベッドに横たわったままだ。これが箱の呪いの力ということか、翔之介が初めて会った日から、すこしずつ弱っているように見える。
その腕には十鬼太郎が与えた蠏呪家特製の防呪符が巻かれていたが、その力はおよんでいないらしい。
「十鬼太郎さんは、ただあたくしの気が弱っているだけで、防呪符は効いているとおっしゃるのだけどね」
(そういう負け惜しみを言いそうだな、あの男。プライドが高そうだから)
「箱も開けるとおっしゃるけど、いまだそれらしい成果はないわね。崩子にいたっては、あの職人のほうに開箱の可能性を見出しているみたい……毎日、熱心に話しかけているわ」
たしかに崩子と職人……奇多郎は親密さを増している。彼女には婚約者……十鬼太郎がいるのに、おかしな感じだ。
魔道者の結婚はあくまで家どうしの結びつきが目的なので、夫婦が仲良くする必要はないという考え方もあるようだが、どうなのだろう?せまい船内のこと、蠏呪との縁談が反故になるのではという噂まで広まっている。
(なんたってぼくは、飛びこみかけた現場を見ていたからな……)
意外と内に情熱を秘めている崩子と奇多郎の関係がどうなっていくか、よそながら気になる。
(ねえさまのドラマ好きに影響を受けちゃってるかな)
万が一、駆け落ちにでもなったらたいへんだな、などとよけいな想像をしてしまう。
「……なんにしても、箱を開ける試みはうまくいかないでしょう。あたくしの命はこのままとだえるのだと思っています」
「そんな……」
従者が入れてくれたお茶をいただきながら、鬼利江の愚痴・嘆きを聞く……いやお話をするのが、ならいになっていた。
中年女性の深刻な悩みに、こどもの自分がなんと返したら良いかわからない。
また返事などもとより求めていないのだろう、鬼利江は淡々と語り続ける。
「……そもそも、あたくしが判断をまちがったのだと思うのですよ、陽城の若あるじ。ろくな魔能もないくせに、思いがけず回ってきた当主の座に欲を出した。命の危険もかえりみず箱に挑戦して……あぶないに決まっているのに、おそろしいものね。ほんとうにおそろしい……」
鬼利江は、飾ってある家族写真を見て
「あたくしが亡くなったら、崩子はどうするでしょうね?箱に挑むのかしら?……あたくしは、あの子にはしあわせになってほしい……ほんとうにそう思うのよ」
弱々しい笑顔を見せる。
そして翔之介の顔を見ると
「あなたさまには、ほんとうによくしていただいているから……ツァーリ」
「はっ」
従者が運んできたのは、布にくるまれた細長いもの。そのくるみを取ってあらわれたのは、豪奢な黄金細工の鞘に収められたひとふりの短剣だった。同じく黄金細工を施された柄先には、赤く輝く宝石が嵌められている。
「そのルビーは小ぶりだけど『羅刹王の血』といって、世界に一つしかないものよ」
「……へえ、すごいですね」
うながして、その剣を翔之介の手に取らさせた鬼利江は
「ええ、あたくしからのせめてものお礼よ。どうぞお受け取りになって」
少年は、差し出された品の豪華さにびっくりして
「そ、そんな。船旅にご招待いただいているうえに、こんな高価なものいただくわけには……」
さすがに首をふるが
「いえ。これは斑玉家から陽城家への正式な贈りものよ。受け取ってください」
家間の正式な贈り物と言われると、当主として辞退しがたくなる。




