巨人号の事件36
旅行中だからといって、魔美子が翔之介への教育をゆるめることはない。
ルーム・サービスで朝食をとったあとの午前中は、そのまま部屋で座学や魔能の訓練にあてられた。(もちろん学園の宿題もある)。
昼食後はほんらい自由時間のはずだったのだが、なんとなく流れで「ドクター・ヒジカタの水泳教室」への強制参加になってしまった。業務があるだろうに手とり足とり、よいのだろうかと思う熱心さだ。
「きみの将来にプラスになることに協力するのは、とても重大な仕事だよ」
陽気な声できびしく指導する視線の先には、プール・サイドで見守る魔美子のすがたがある。
(……まったく。ねえさまにいいとこ見せようと思ってるんだな)
なんとなく船医の魂胆がわかる気もするが、そのおかげでだいぶん息継ぎも上手になった。
コーチをしてくれたのに、そのまま素気なくともいかない。
プールのあとに魔美子もふくめてお茶、もしくは会食する機会が増えた。
その席上でも、船医は
「きみは将来の魔道界を背負う尊い存在なのだよ。父上から受け継いだすばらしい素質を伸ばしていかないといけないのだ……ねえ、魔美子さん」
熱っぽく、語る。
叔母は、そっけなく
「そうですか。おそれいります」
返しているが。
少年には、泥形の熱意が自身に向けているようで、実はすべて叔母へのものに思える。ふつうに考えて、船医が客のひとりに過ぎないこどもに、これほどの肩入れを見せる必要はないだろう。どうしたって、そのそばにいる若く美しい叔母が目的だろう。
そんな男の思惑をしかし、不埒なものと一蹴することが甥にはできなかった。
こどもながらに、翔之介は魔美子にしあわせになってほしいという思いがあるのだ。崩子が話していたとおり、若いひとりの女性である魔美子が、良い相手を見つけるのもそれは大事なことだと思うのだ。
(そもそも、ねえさまがいつまでもぼくのそばにいてくれるなんて思うのが、あつかましい)
転々と育てられたせいか、翔之介は人間関係に冷静なところがある。家族と言っても、いつまでもいっしょにいられる保証はない。いつまたひとりぼっちになってもだいじょうぶなように、気持ちを備えておかないといけない。
正直、この船医なら叔母の相手として悪くないように思う。魔道者として有能そうだし、お医者さんなら稼ぎも悪くないだろう……陸にあがってもできる仕事だろうし……などと、将来の推測までしてしまう。
実際にふたりは夜の会食のあとに、おとなだけでバーに行ったりもしている。
叔母を取られるのがくやしい気がするのは本当だが、そこは歯を食いしばって耐えねばなるまい。当主として、みっともないところは見せられない。
おそい時間になってから、もどってきた叔母に
「――翔之介、もう寝たの?」
問われても、せいいっぱい虚勢をはって寝たふりをしているのだ。
自分はあなたがいなくともやっていけるよ、と見せるために。
夢に、あの振り袖少女が出てきた。
「はやく逃げなきゃだめだよ。『あれ』がもうすぐやってきちゃうよ」
そんなこと言われたって、船から出られないよ。
翔之介が返すと、少女は不服げに袖をふって消えた。




