巨人号の事件35
そう言って(相手に気取られぬよう)あごでシャクって見せたさき、プロムナードの真ん中を意気軒昂しゃなりしゃなりと進むのは、志魔蘭子だ。帽子のつばが広くて主張が強い。その背後に従者・キャリバンがしたがい歩く。
蘭子の手には茶色いハトロン紙に包まれた箱があった。キャリバンに持たせず自分で持っていることを見ると、それを手に入れたことがかなりうれしかったらしく、ごきげんの様子だ。
魔商は、目をすがめて
「モノ自体はほんとうにつまらないんだが、あの女が持っていて良いことにはならない。なんとか阻止したかったんだが、あいにく今、手元が不如意でな。競りに勝てなかった……まったく、ろくでもねぇ」
蘭子に対してなのか自分に対してなのか(おそらくどちらに対してもだろう)吐き捨てるように言う。
いっぽう、蘭子のうしろを足を引きずりながら従う従者に対しては、なんともいたましい眼差しを向けて
「……あの子は、本当に気の毒だ。なのに、おれはなにもしてやることができない」
また、しおしおと涙をこぼす。
パーティのときもだったが、この魔商はどうやら魔隷に対して、よっぽどの思いがあるようだ。
「そう……おれがあの子を助けられるなんて、考えるのもおこがましい。おれは、自分の娘にもなにもしてやってねぇなさけない男だ」
ゴンシロウは袖で涙をぬぐいながら、自分に言い聞かすように語り続ける。
(話に脈絡がないなぁ、酔っぱらいってやつは)
少年はあきれながらも、てきとうにうなずく。
「おれには、死んだ女房が残したひとり娘がいるんだ。ちょうど、きみぐらいの年齢だ。ところが、おれにはどうしてもしなきゃいけない仕事があって旅を続けている。おかげで娘のことは他人に任せてほったらかしだぁ……娘には迷惑かけて、ほんとうにおれは親としてどうしようもねぇ。ろくでもないやつだ」
涙と鼻水が滂沱と垂れる。泣き上戸だ。
少年が、相槌がわりに
「……その娘さんとは、今からもずっと会えないんですか?」
問うと、
顔を上げて
「そんなことねぇ!仕事さえ終えりゃあ、今すぐにでも飛んで帰るわな!」
鼻水とつばを飛ばして力説する。
そのべたついた顔を見て、翔之介は
「……じゃあ、全然どうしようもないことなんかじゃないよね?ぼくのおとうさんなんて、ぼくが生まれる前に死んでるよ。会ったことないし、今から会うこともない。今は会えなくともいつか会えるってだけで、ぜんぜんちがうと思うけどな」
こどものもっとも意見に、商人は虚をつかれたようで
「そうか……きみは父親を亡くしているんだものな。おれの言うことなんざ戯言だろう。こりゃつまらないことを言って申し訳ない。へへ……そうだな、おれにはまだ今からいくらでも娘に会えるチャンスがある。なにを甘えたことを言っているんだ……そう、がんばって仕事をしおえてはやく娘に会えるようにしねえとな。さすが陽城の当主だ。よし、ここはおれのおごりだ。いくらでも飲みねぇ」
そんなにコーラばかり飲んでもゲップばっかり出ちゃうよ。それに、おごりってクルーズ内はそもそも飲み放題だよ。
ふたりして、わらった。




