巨人号の事件32
一般論として、魔道家が持つ階級意識はふつうの人間にはおよそ理解できないものと、翔之介は魔美子に聞かされている。
実は、魔道者は自分たち以外……言わばふつうの人間に対しては意外と偏見を持たない、というより生存圏の異なるまったく別の生き物だとみなしているので、意識に止めない。
ただ、魔道者間ではそうはいかない。階級差別意識が強固に現存している世界だ。もともと魔道者の価値は純然たる魔の実力によるものだが、その力は血統にほぼ依存する。力ある魔道家に生まれたものが魔の強者になるのは、統計的事実だった。そのため魔道界は、太古から今まで変わることなく血統重視の社会である。
陽城のように魔道者を力で隔てしない家は、魔道界では極少数派である。
(その姿勢が、力(による支配)を絶対視する禍王家……龍雄らとの反目につながり、家がいったん滅ぶ原因となった)
そんな魔道界において、魔道具をつくる職人の地位は決して高くない。他者に道具を提供することしかできない、弱者がつく職業だとみなされている。
もちろん歴史上、後世に名を残す職人も幾人かいるわけだが、そんな伝説的な名工は別にして、魔道具職人に対する一般魔道者の階級意識は低い。
職人……しかも修行中の見習いが、魔道名家の晩餐に招待客として同席すること自体、ありえない光景なのだ。
もしかすると、崩子は卓にただよう気まずさを緩和するために、居合わせた翔之介らに声をかけたのかもしれない。
崩子が努めてほがらかに
「陽城さまも、あなたのお仕事について興味がおありだと思うわ。どういうきっかけで職人の道に?」
問うと、
奇多郎は
「どうもこうもねえよ。おらはただの孤児だ。それが師匠に拾われて、そのままこの道に入っただけだ」
「あなたのお師匠は?」
「うん?……ああ、ササエモンって野郎だ。師匠だけど、イヤな野郎だよ」
その名に反応したのは、意外にも蠏呪十鬼太郎だった。
「ササエモン?まさか、あの忌也砂々右衛門か?」
「ああ。なんかそんな名字つけてたな。えらそうによ」
吐き捨てる弟子に、
十鬼太郎は
「なにを言う?忌也砂々右衛門といえば、現代最高の魔道具職人のひとりだ。『旅館』の時計を制作したことでも名高い」
奇多郎はわらって
「まあ、あの師匠の腕はたしかに良かったな。人間の出来は心底ロクデナシだったけどよ……おら育ててもらってなんだけど、何回あいつを後ろから刺そうと思ったかしれねぇ……まあ、刺す前に病気で死んだよ。自業自得だ、ケケケケケ……」
その顔は陽気な彼らしからぬ、ゆがんだものだった。よっぽど、思うところがあるらしい。
「あの偏屈な師匠に友達なんていなかったけど、ここの先代とは付き合いがあったようだな?」
その問いに反応したのは、ツァーリだった。
「異一郎だんなさまは、砂々衛門の作品を高く評価しており、いくつか購入しておられます」
みなに向けて説明のことばだ。
すると、今まで黙っていた鬼利江が奇多郎に向かって口を開いた。
「……あたくしは、異一郎叔父があなたを招待したのは砂々衛門の弟子だったからと考えています。あなたにこれを見てもらうためだったのではないかと思うのです」
そう言って、卓に置いたのは
(あっ、あの箱だ!)
昨夜、翔之介に見せた小箱だ。




