巨人号の事件30
逃げる甥っ子を見て
「……船長、ご冗談はほどほどに。こどもが怖がっています」
魔美子の冷めた口調に、
船長は
「冗談?なにを?わしはただ実際に役立つ泳ぎを教えてやりたくてですな……」
と浮き輪を抱えなおす。
そこに
「船長!なにをなさっておられるんです!?」
あわて顔で来たのは、昨日のレセプション・パーティにもいた船医だ。
彼は周辺の客に頭を下げると、脅谷船長に
「冗談が過ぎますよ!お客さまのご迷惑になることは控えてください」
「わしはなにも迷惑を与える気など無い。ただ客の安全を思ってだな……」
「事故などあるわけがないでしょう。万が一あったとしても、海に投げ出してどうするんです!?」
「……むふぅ」
船長はわかりやすいふくれっ面で
「残念だ、少年。わしはきみを本物の海の男に仕上げるつもりだったのだが、無粋な邪魔が入った」
無粋どころか命の親だよ、と少年は思ったが口にはしない。
つまらなさそうに去る壮年男性の背中を見ながら
「申し訳ありません、陽城さま。船長がご不快を」
船医があらためて魔美子に頭を下げる。
「ドクターにあやまっていただくことではありませんわ」
「わたしとて船員です。責任は感じます。ああ、もうしおくれました。わたくし船医を勤めております泥形震作です」
「陽城魔美子でございます……不快などありませんわ。甥が泳げるよう親切をおっしゃってくださっただけです。たしかに、少々やりくちは荒いようでしたが」
「スイミングですか?よろしかったら、わたしがコーチして差し上げましょう。もちろんプールの中でですよ」
「あら。お仕事中でなくて?」
魔美子のことばに
「ハハハ。お客さまが水泳をマスターする手助けも、我々クルーの重要な業務ですよ」
服を脱ぐと、そのままプールに飛び込む。(つねから水着を着こんでいるとは!)
「――ほら、おいで!きみも明日のオリンピック選手だ!」
海の男は、どれもきびしいなぁ。
自分が教えることができないものだから、叔母も知らんぷりをしている。
バカンスのプールだというのに、楽しくパシャパシャとはいかないものだ。とほほ。
スイミング・レッスンのあとはプール・サイドで、船医も交えてのドリンクとなった。
翔之介は、きびしい指導にクタクタだ。
「船長は、ずいぶん個性的な方でらっしゃいますのね」
魔美子の問いに、
船医は首をすくめて
「ええ、なにせ突飛ですのでね。部下として面食らうことも多いです。しかし、キャプテンとしては実に優秀な方ですよ。障玉會のクルーズは、毎回あの方がご指名で船長を請けておられます。魔道者としても優秀な方です」
叔母は
「魔道に関しては、あなたもずいぶんおたしなみのようですけど」
たしかに、パーティでのオオトラトカゲへの対処は手際良かった。
しかし船医は謙遜して
「いえいえ、わたしは魔道家では無いポッと出です。名高き陽城家のかたと同席できるだけで名誉ですよ。あなたのようにお美しいかたとごいっしょできるとあらば、なおさらです」
おっ、なんだ?魔美子ねえさまにイイこと言ってるぞ。ねえさまは表情を変えてないけど、どうかな?よろこんでる?
「甥の指導までしていただいて、ありがとう存じます」
「いえいえ。こちらこそ優秀なお子さんを見ると、わくわくします。時間のゆるすかぎり、いくらでもおつきあいいたしますよ」
熱っぽい目でこっちを見るのはやめてほしい、と若当主はフルーツ・ジュースを飲みながら海に視線を移した。




