巨人号の事件26
スカイ・ラウンジに出ると、だれもいなかった。
おかげで、ひとりで星空と海を望むことができる。
夜だから真っ暗かと思ったら、空は月の光でそれほど暗くはない。逆に、月の明るさで星がそれほど見えないのが残念だ。いっぽう、海は真っ黒だ。見続けていると飲みこまれそうな気になっておそろしいので、明るい船内の階下に視線を移す。
15階の屋外デッキには、大きなプールがある。
(泳いでみたいな……って、実はぼく、そんなに泳ぐのうまくないんだよね。泳げたほうがいいだろうなぁ……)
と少年が見下ろしていると、人気のないデッキに出ているひとりの女性の影があった。
(ぼくと同じで、夜の海をながめるんだな。風流だ)
なにげなくその様子を見ていた翔之介は、しかし、次に女性が取った行動を見て、固まった。
なんと、彼女は手すりをのりこえようとしている!
そんなことをしては、もちろん海に
(落ちちゃうよ!?いけない!)
あわててどうにかしようと思う翔之介だが、下層階はあまりに遠い。飛んで助けに行くわけにも行かず、ただ
「だ……!」
だめだよ!と叫ぼうとした少年より早く、飛び出て女性の身を抱き止めたものがある。
「――なにしてんだ?おめえさん!正気か!」
「――はなして!はなしてちょうだい!」
風にのって届く声でわかった。
なんと海に身を投げようとしていた女性は斑玉崩子、そしてそれを止めに入った男性は、魔道具職人……巣難奇多郎だった。
「おじょうさん、あんたなにをバカなことをするだ?」
もっともな職人の問いに
「……あたしはもういやなの。こんな呪われた家で、なんの自由もない。結婚相手にしたところでうちの財産だけが目当てで、あたしになんかこれっぽちの愛情もない!あたしは不幸!とんでもない不幸なのよ!」
(えっ!そうなの?)
翔之介はおどろく。
崩子のことばに奇多郎は、あきれたように
「不幸……って、おめえ。そんなもん、イヤなら家を出ちまえばすむ話でねぇか?おめえさんには、いくらでも選択肢がある。世の中、生きるにカツカツで、生き方を選ぶことすらできねぇもんがいっぱいいるんだど……あんたはとんでもなく恵まれてるくせに、なにをおろかなこと言うだ!
このぜいたくもんが!イヤなら出てけ!この臆病者め!」
一喝する。
その正論に
(しっかりしたこというなぁ……)
少年は感心した。
青年のことばに、崩子嬢も胸を打たれたかして
「そういうふうに叱ってくださったのは、あなたが初めて……」
胸に抱きついて泣きじゃくる。
「んだか?……それはあんた、けっこうたいへんだったろうな」
奇多郎は照れくさげに嬢の背をなでながら
「……あんたら金持ちのやることは、おれら貧乏人にはわからねぇな……」
自分の頬をかいていた。
翔之介は、上からその情景を見て、まるで映画のワン・シーンを見ているようだと思った。




