巨人号の事件18
「失礼しましたわ。以後もよいおつきあいを」
そう言って去っていく志魔主従を見送ると
「……不快ね」
魔美子は吐き捨てた。
少年は、もちろん今目の前で行われたあまりに非人道的な行為にショックを受けていたが、それ以上に驚きだったのが、志魔蘭子が従者に与えた非道な行為に対してその場にいたすべてのものがいっさい、手出しどころか口出しひとつしないことだった。
魔美子にしたところで、蘭子に対して嫌味は言ったものの、手はけっして出さなかった。それどころか、甥が義憤にかられて動いたりしないようその肩をおさえていたのだ。
翔之介もここ数ヶ月来なじんできたからわかっていたが、魔道の世界では、他家の事情に(いかなる非人道的なことがあっても)口は出せない。
「……それがこの業界の現実よ。けっして軽い気持ちで他家に介入してはならない。それこそ、その家と戦争する気がないかぎりね」
と聞かされていたとおりだ。
蘭子嬢のふるまいに眉をひそめるものもいるが、ほとんどのものは無関心だ。
そんななか
「……いやいや、まったくあれはいただけませんな」
話しかけてきたものがある。
よれよれのスーツ姿に髪の毛を乱した中年男性が、カクテル片手に千鳥足で
「あんまりだ!魔隷だからといって、あんな非道にあつかって良いはずがない!魔道者といっても人間であることにかわりはないでしょう?世の変化に応じた人権感覚が必要だ!」
ほえる。もうずいぶん聞こし召しているのか、顔が赤い。
「そうですわね……失礼ですが、どなたでしょう?」
魔美子の問いに
「へえぇ?あたし?あたしですかぁ?そんな名乗るほどのものじゃありませんがねぇ……ええ!きれいな女性がいらっしゃるから引きよせられたんだけど、あんなむごいシーンと出くわしちゃって。ええ、あたしゃもう腹立つやら悲しいやら……ウィッ!と。こらまた失礼」
まるで昭和のコントに出てくるような、絵に描いた酔っぱらいは
「あたしはゴンシロウという、しがない魔商ですけどね。あんまりなあの女の横暴なふるまいに、一発ガツンと殴ってやろうと出ましたが、結局意気地がないものでなにも出来ませんでした……その点、貴女はおえらい。ちゃんとガツンと言ってくれましたな。それにひきかえ、あたしは蘭子がほっぺを引っ叩か……いや、引っ叩いたというのに、なにもせず、こんなふうにただ酒をかっくらって……ほんとうに!ほんとうに情けない男です!!」
泣き出した。
いったいなんなんだろう。泣き上戸か?
魔美子も崩子も闖入者に戸惑っている。
「――失敬、失敬。いや、ただよく言ってくださったとお礼したかったのです。ええ、またお会いいたしましょう」
男は、鼻水を袖で拭きながらフラフラと去っていった。




