巨人号の事件17
魔美子は、まっすぐ頭を下げて
「――そうですか。お初にお目にかかります、陽城魔美子です。兄には生前ご厚誼を賜りまして」
「あらいやだ。そんな堅苦しいおつきあいではありませんことよ、ほほほ」
「陽城翔之介です。よろしくおねがいいたします」
少年が叔母にならって頭を下げると、
蘭子嬢はおおぎょうに手を広げて
「まあまあまあ!ほんとうにうるわしいお顔立ちのお子さんね。おとうさまとはまたちがった美男子。冬子……さんの血かしら?」
「おかあ……母のことも、ご存知なんですか?」
思わず聞き返す少年に、
蘭子は
「ええ、よく知っておりました。やさしいかたでね。あたしが怪我をしたときなどもすぐに治癒してくだすった」
そのことばに、
魔美子は
「あら。冬子さまと接点がおありに?ずいぶん学園の年次も離れているでしょうに」
「えっ?ええまあ……宅にいらしたこともございましてね。その折のことですわ。ホホホホホ」
口をおさえてわらう嬢の後ろで
「フゴゴ」
なぜだか、野人ふうの巨漢も思い出したように(笑みの)声をもらした。
すると、蘭子はふりかえりざま面相を変えて
「不快な音を立てるでない、この魔隷が!」
持っていたロッド付きの鎖で、その頬辺を打った。
「「「!」」」
眼の前で起きたあまりの光景に目が点になってしまった少年のとなりで、
叔母が
「Bitch……」
彼にしか聞こえない小声でつぶやいた。そして
「……ああ、どうも失礼いたしました。なにせ、あたくしもつい先日までそのように扱われる立場でしたので、その不快な呼称が出ると体が反応してしまいます」
表情こそほほえんでいるが、その冷え切った声音に、はなはだしき怒気がふくまれているのが、翔之介にはわかった。
蘭子は、その怒りを知ってか知らずか
「ほほほほほ、それはそれは。あなたさまは、こんなみじめな立場を離れることができて良うございましたわね。隷属契約を逃れることなど、まあ滅多にあることではありませんものね」
ロッドを指に絡ませながら愛想よく言う。
魔美子は冷え切った口調のまま
「……ええ、ありがとう――とはいえ、元・魔隷としてひとつ忠告申し上げると、あまり自分の占有物だからといって彼らを虐げないほうがよろしゅうございましてよ。魔の世界では、いつ立場の入れ替わりがあるか知れませんのでね。そのとき、どんなしっぺかえしが身に待っているかしれませんことよ」
その忠告?に、叔母の最大限の皮肉がこもっていることも、翔之介にはわかった。
しかし、蘭子嬢は応えたふうもなく
「ほほほほほ。そんなご心配は、無用のことでしてよ。この奴隷は、あたしに逆らう気ぶりを見せただけで血反吐を吐いて死ぬ縛りがありますから……ねえ、それはいやでしょう?キャリバン」
「ううっ……はい、おねえざま」
従者……キャリバンは頬をおさえながら返事するが
「あたしはおまえのおねぇざまではない、ご主人さまだ!なんど言ったらわかる?この能無しが!」
また打つあるじに、しもべは
「ううっ………もうしわげないでず、ごちゅじんちゃま」
何度も頭を下げた。




