秘密の部屋3
翔之介は、自分の顔からなにかが剥がれていくような感じがした。
(ああ、本当にこのまま死んじゃうのか……)
そう少年が半分あきらめかけたとき
「ひさかた!」
壁を突き破る光が浴びせられ、機械の一部が砕け散った。
「なに!?いったい!」
たま子が狂気のような顔でくずれた壁の向こうをにらみつけると、そこにあったのは
魔美子の姿だった。
「――たま子さん、愚かなまねはおよしになってください」
「魔美子さん?よくもこんなマネ……あなたはわたしに逆らうようなまねはできないはずよ」
たま子のことばに、
魔美子は冷静に
「映像をごらんなさいませ。獣吉さまが龍子さまを制圧なさいました。その時点で禍王の当主の座は獣吉さまに移ったのです。そして獣吉さまのご気性はご存知でしょう?禍王当主の名において結ばれていた隷属契約を全て、あの方は即時に解除されました。今のわたしはもはや自由です。あなた様にお逆らいしてもなんの問題もありません」
そして胸を張るようにして
「あなたごときが、翔之介さんに手を出すことなど、わたしが絶対に許しません」
「許さない?どういうこと?あなたにとっては翔之介も憎い禍王の人間であることにちがいはないでしょう?」
すると、機械の様子を見ていた銀鹿医師がさけんだ。
「たま子さま!ごらんになってください、翔之介くんの顔を!」
銀鹿医師の言葉に翔之介の顔をのぞきこんだ、たま子の目が驚愕に開かれた。
「……えっ?なに?」
翔之介には何がなんだかわからない。
「さては!この子は最初から禍王の、龍雄お父さまの息子などではなかったのね!たばかったか!」
たま子の顔が憎しみにはげしくゆがんだ。
それに魔美子が冷静に言葉をつづける。
「――冬子さんは龍雄の妻に強引にさせられた時、すでに翔之介さんを身ごもっていました。しかし仮にそのことが禍王に知られてしまっては赤ん坊にどんな危害が及ぶともしれないと、偽装魔術によってその姿を龍雄に似せたのです。今、その魔能を吸引する機械によって翔之介さんの魔能の前に、術の力がうばわれたのでしょう。わたしが術を解除する手間が省けてよかったですわ」
そう言うと、魔美子はたま子らを威嚇しながら翔之介のそばに駆け寄り、その身をかばった。
「だいじょうぶですか?翔之介さん。だから部屋の中にいなさいと言ったでしょう?」
「……はい、ごめんなさい魔美子さん。ありがとうございます」
翔之介は彼女を疑ったことを深く恥じ入りながら言った。
「――そんな、家族に礼など不要です」
翔之介は一瞬、なにを言われているのかわからなかった。
(……えっ?家族って……)
たま子の表情が驚愕と怒りに染まった。
「そうか!その顔どこかで見たと思ったら、陽城の!」
その言葉に魔美子はほほえんだ。
少年はこのとき、この自分の世話役だった女性の心からの笑顔を初めて見たのだ。
「翔之介はわたしの兄・陽城鷹太郎と冬子さんのあいだの子よ。大事な甥っ子に手を出すことなど、けっして許さないわ」
(そうか。だからあの禍王と陽城の夢にお母さんの姿があったんだ。あの夢は魔美子さんがこどものときに見た光景にちがいない!)
翔之介はもやもやとしていた疑問が晴れて、すべてが腑に落ちていく感じがした。
「よくもだましたわね、この陽城の死にぞこないめらが!さては禍王の当主の座をあざむき奪うつもりだったか!?」
「誰もそんなもの欲しくはないわ。ただ翔之介の身を守るために冬子さんが打った苦肉の策よ。それに、もはや禍王当主の座は裏家に移ったのです。あきらめてはいかが?」
「おだまり!こうなったらあなたがた二人を倒して、その魔能を龍臣お兄さまに移してやる!その力で獣吉さまを倒せば、お兄さまが当主になるわ。またすぐ表家に当主の地位が戻るのよ!」
たま子はゴーントレットをはめた左手をかざすと、念を込めた。黒いあやしい妖気が立ちこめる。
「たま子お嬢様、無理はおよしになってくださいませ。体への負担が……」
「だまらっしゃい!」
銀鹿医師の制止も聞かず、たま子は術を放った。すかさず魔美子も対抗する。
「ぬばたま!」
「ひさかた!」
黒い闇と白い閃光が空中でぶつかり合う。
(――夢で見たのとおんなじだ!)
十年の時を経て、再び禍王と陽城の者があいあらそうとは!
(……ああ。でも、いけない。やっぱり『ぬばたま』の方が『ひさかた』より強いんだ。押し込まれている)
「おろかね、魔美子さん。陽城は昔も今も、決して禍王には勝てないのよ!」
「……くっ!」
徐々に押し込む黒い闇に魔美子の膝が屈しそうになる。
(……そんな、この時のためにわたしは十年間も耐えてきたのに。こんなところで負けるわけには……)
そのとき、魔美子は自分の背中に小さな、しかしあたたかいものが当てられたのに気付いた。
「――魔美子さん、ぼくの力も使って!おんなじ陽城のものなんでしょ!」
魔美子は、甥の小さな掌から流れこんでくる力に、なつかしいものを感じた。
(――ああっ!おにいさま!)
白い光が増大して闇を押し返す。
「たま子さま、もうだめです!補給した魔能が切れてしまいます!」
「黙っていて!こんな者たちに禍王が負けるわけには……きゃあっ!」
部屋は白い光に飲み込まれた。




