豹子の話2
「そんなに緊張しなくてもいいわ。もう術を試しがけなどしたりしないわよ。あなたが警戒する必要はないでしょう?――それともなに、あなたが天鼠先生を襲ったの?」
「そんなこと!」
豹子のことばに、おとなしい少年もおもわず声を荒げた。
気の強い少女は鼻を鳴らして
「もちろんそうでしょうとも。いくらあなたが龍雄おじさまゆずりの天才魔道児だとしても、まさか先生ほどの熟練魔道士を倒せるとは思わない。……わたしにとって、天鼠先生は父がいなくなった後の裏家を支えてくださった本当の家族のような方よ。その先生をこんな目にあわした者をわたしは許さない。ぜがひでも犯人にはわたしの手で仕返ししてやるわ」
その目は怒りに青く光っている。彼女もやはり禍王家の人間らしい凶暴さを持ち合わせているようだ。
「天鼠先生はいったい夜中に何をしていたのでしょうか?」
翔之介は、先ほどたま子がしたのと同じ質問をしてみた。
「それはわからないわ、天鼠先生はわたしにも何もおっしゃらなかった」
彼女らしくない歯切れの悪い言葉だった。天鼠先生が自分の知らないところで行動していたことが不本意であるらしい。
翔之介は豹子に、虎から預かった指輪を見せることができないのが残念だった。
見せたら何かわかるのかもしれないのに、虎は豹子に指輪を見せることを強くいやがった。
あの虎はどう見ても龍子大おばにかわいがられているようには見えなかった。むしろ、大おばに逆らう存在であるらしい。すると、その虎が指輪をわたしたがった天鼠先生という人もどうなのだろう?
ひょっとすると豹子の知らないところで禍王に敵対するものとつながっているのかもしれない。こんなに天鼠先生のことを慕っている豹子が裏切られているとしたら、かわいそうな話だ。
(もしかして禍王のためにならないかもしれないことの手助けを、身内のぼくがしようとしているのだろうか?)
「――何を考えているの?」
「えっ、いや。なにもないです」
「ふうん。どうもあやしいわね」
豹子は刺すような視線でこちらを見たが
「……まあいいわ。あなた今回の犯人に目星はあるかしら?」
「ないですよ」
「――常識的に考えて、今の禍王家のなかで天鼠先生をたおせるような術者は魔美子さんぐらいしかいないわ」
「そんな。あの人には従属契約がかかっています」
「あら、そのことはもう聞いたの?でも、あの契約は禍王の血縁者に対してのみ有効なはず。直接の血縁がない天鼠先生になら手が出せるかもしれない。彼女はなにせあの陽城の家のものですもの。どんな抜け道をつくりだしているかわからないわ」
たま子お姉さんと同じようなことを言う。
翔之介はしかし、あの万事に冷ややかな女性を疑いきれなかった。彼女の持っている孤独が、自分が今まで体験してきたものと似通っている気がしているからなのかもしれない。冷たくされても、妙な親近感を感じるのだ。
「ほかに可能性があるとしたら、龍子大おばさまぐらいになってしまうわ」
「大おばさま?あんな年を取ったおばあさんがですか?」
おどろく翔之介に、
豹子はあきれるように
「あなたは何も知らないのね。魔道はスポーツなどとは違うわ。年齢を重ねることは魔道使いにとって、プラスにこそなれマイナスになることはほとんどない。特に龍子おばさまは禍王家の歴史に残る術者よ。その力は亡くなった龍雄おじさまと比べても全く遜色ない。
龍雄おじさまが亡くなったあとも、ほかの魔道一家が禍王に逆らう気配をちっとも見せなかったのは、龍子おばさまがご健在でらっしゃるからよ」
あのしわくちゃの小さいおばあさんが、そんなに力を持った人だとは思わなかった。
「でも、大おばさまが天鼠先生を襲う理由なんて何もないでしょう?表家も裏家もあの人にとっては家族じゃないですか」
「家族?ハッ、あなたはやっぱり変わってるわね。あのおばさまにそんな感覚はないわ。考えてらっしゃるのは魔道界を制覇することのみ。だから龍子大おばはその願いにこたえそうだった龍雄おじさまをかわいがり、その意に逆らったわたしの父を嫌ったのよ。獣吉お父さまは大おばさまや龍雄おじさまたちとはちがって、力による魔道界支配には反対だった。だから裏家では今でも隷属契約なんて忌まわしいものも決して使わない。あたしと天鼠先生はたがいの信頼で契約している。
父は魔道の世界にも互いの友好と信頼が必要だと考えていたの。それは、決して大おばさまやおじさまとは相いれない考え方だった。――だから結局、父はおじさまに倒された」




