豹子の話1
魔美子といっしょに、裏家にあてがわれている客間に入ると、寝台に天鼠先生が横たえられていた。一命はとりとめているらしいが、ぬばたまの強力な闇によって昏睡状態に陥っている。
枕元には寄り添うように豹子の姿があった。龍臣、たま子もそばにいる。
「銀鹿医師、お願い!彼を助けてあげて!」
豹子は天鼠先生の手を握り、目には涙を浮かべている。こんな取りみだした彼女のすがたは初めてだ。
「最善を尽くしましょう」
銀鹿医師は冷静に処置にあたっている。
「しかし天鼠殿ほどの術者を手にかけるとは……」
「そりゃ『ぬばたま』を使ってるんだ。ただ者じゃなかろうぜ……おい、翔之介。本当にお前が寝ぼけてやったわけじゃないんだろうな?」
翔之介はもちろん首を大きく振った。
魔美子も
「翔之介さまは部屋を寝ぼけてさまよい出ることはあるかもしれませんが、天鼠先生を倒すことなどは無理です」
部屋にいなかった嫌味は加えたが、事件への関与は否定した。
「……となると、訳がわからねえじゃないか?まさか親父にはおれやたま子、翔之介以外に魔能があるこどもが別にいて、そいつがどこかから人を襲いに出てきてるんじゃないだろうな?」
(どこかからって、まさかさっきの鏡の……?)
「そんな突飛な空想を安易に口になさらないで、お兄さま」
たま子は兄をたしなめると
「――そもそも裏庭で倒れていたのが見つかったというけど、いったい天鼠先生はこんな夜中に何をしていたのかしら?豹子さん」
その問いに豹子はただ「わかりませんわ」と短く答えたが、その様子は翔之介の目にもどこかおかしかった。
魔美子が口をはさんだ。
「あなたがた裏家の方々は表家のことをお気に召しておらず、近寄ることすら滅多にないのに、今回は翔之介さまにかこつけて、わざわざお泊りにまでなっておられる。なにか、こちらでひそかにお動きになるおつもりでもおありになったのではないですか?」
その容赦ない口ぶりに
豹子は
「口を慎みなさいませよ、魔美子さん。いかに陽城のものとはいえ、いまは禍王に従属する分際で、差し出がましいことを」
目を怒りで青く光らせた。
魔美子は冷ややかに「失礼しました」
たま子はとりなすように
「とにかく、このことはわたくしから大おばさまにお伝えしておくわ。みなさまは最善の注意をお払いになってね。残念ながら目下のところ、この禍王表家は決して安全とは言えなくてよ。出歩かれるときはお気を付けになってくださいまし」
「なにが魔道の名家だ。自分の家の中も安全にしてられないとはな」
龍臣は皮肉っぽく言った。
天鼠先生のことは豹子と銀鹿医師に任せて、みなが散会しようとしたとき、豹子が声をかけてきた。
「翔之介さん、ちょっとお話があるのだけど」
「えっ?」
「いったいなんですの、豹子さん?」
「なにもそんなにご心配なさらずともよいことよ、たま子お姉さま。わたくしはなにも翔之介さまに手を出したりいたしませんわ。ただ新しくできた従兄弟とふたりでお話がしてみたいだけです」




