真夜中の冒険3
――なんと!そこにいるのは、黄金色の大きな虎だった。
翔之介も何度か動物園で虎の姿は見たことがあるが、そんなもの、この目の前にいる虎と比べたら子猫のようだ。前足の爪一つが自分の顔より大きくて、じゃれてこられる一掻きだけでやられてしまうだろう。
虎は翔之介の姿を確認すると、目が一瞬丸くなったように見えた。そして何か思うところがあるのか、ひとうなりすると、おだやかな息づかいになった。
「どうも、こんばんは。おじゃまします」
翔之介はわれ知らず、ケモノ相手に丁寧な言葉遣いになっていた。それほど、この大虎に堂々とした気品のようなものを感じたのだ。あの禍王の大おばが、鏡の中の空間で(おそらく)こっそりと飼っている生きものなのだから、ただの虎ということはないのだろう。
「ぼくの名前は翔之介です」
虎はそれを聞くと興奮したように咆哮した。
グワルルゥ!
翔之介はその大迫力の声量にびっくりしたが、それと同時にピンともきた。
「……あなた、もしかしてぼくのことを知っているの?」
――グルルゥ。
たぶんイエスだ。そして興奮気味に体を揺らすと、なにかを示そうとしているらしい。
(扉かな?)
しかしその檻の錠前は、翔之介が見ても何か強力な呪文がかけてあるのが感じ取れる
「だめですよ、大おばさまが鍵をかけているんです。ぼくには開けられないですよ。……それに今ここで鍵を開けたりしたら、あなたぼくのことを食べちゃうんじゃないの?」
虎はグフゥゥとうめいた。どうやら笑っているらしい。
「なにをバカなこと言ってるんだい?君は」
と言われているようだった。
虎はその後、考えをめぐらしているようだった(本当にそう見えた!)が、しばらくすると、なにかを檻の外に吐き出した。
「うえっ、なんですか?」
よだれでベトベトしているが、それは金の印章つき指輪だった。
「えっ、これ?持っていけと言っているの?」
ガルルルゥ……イエスか。
「だれかにわたすの?龍子大おばさまにではないですよね?」
イエス。
「でもいったい誰に?たま子姉さん?」
ノー。
「龍臣にいさん?」
ノー。
「銀鹿医師?」
ノー。
「……じゃあ、魔美子さん?」
ノー。
「え?ほかには誰だろう?もしかして表家じゃないの?」
イエス。
「じゃあ裏家かな?豹子さん?」
ノー。しかもどうやら強くダメらしい。
(なんでだろう?きらいなのかな?)
「でも他にっていえば……もしかして、天鼠先生?」
イエス。
(……わからないな。なんで豹子さんがダメなのに、その世話役ならよいのだろう?天鼠先生は豹子さんに忠実に付き従っているように思うけど、ちがうのかな?)
翔之介はためらったが、虎のその真剣な眼差しをみていると応えないわけにはいかない気分になった。
(男と男の約束だね!)
別に、本当に虎がオスなのかどうかはわからないが、少年はなんとなくそんな気分になったのだ。
彼は確かにこの指輪を天鼠先生に渡すことを虎に誓った。
翔之介は階段を上ると鏡の前に戻った。そしてふたたび縁飾りに母の形見を合わせると、思ったとおり元の廊下に戻ることができたので、形見と指輪をパジャマの腰に引っかけ隠すと、こっそりと自分の部屋に戻った。
だれにも会わずに戻ることができたと思ったのだが……
「いったい、どこにいっておられたのです?」
ドキッ!部屋の中には魔美子が立っていた。
「えっ……、あの……トイレにちょっと……」
魔美子に事情を言う訳にはいかなかった。虎は魔美子に指輪を渡すのはノーと言っていたからだ。細かい事情は知らないが、指輪を天鼠先生に渡すことは虎との約束だ。果たさなければならない。
「長いトイレでしたね」
「……あっ、はい、ちょっと迷ってしまいました」
「そうですか」
なにかをあやしんでいるのはまちがいなさそうだったが、世話役はそれ以上は追求せず、自分がこんな時間に来た理由を述べた。
「――あなたのおられない間にまた人が襲われました。今回も『ぬばたま』です」
「えっ!?いったい誰が?」
「天鼠先生です」
翔之介は思わず、パジャマのすそをぎゅっと握りしめた。




