魔美子の秘密3
食後、翔之介は居場所もないので縁側に出て中庭の景色を眺めていると、たま子が近寄って話しかけてきた。
「ごめんなさいね、翔之介君。お兄さまって口が悪いの。皮肉屋っていうのかしら?おなかの中は決して悪くないのだけど、禍王の長男として満足な体ではないという屈託から、あんな言葉がついつい出てしまうの。わかってもらえるかしら?」
「はい、なんとなくですが」
「そう、ありがとう。あなたみたいな子が弟でよかったわ」
翔之介はその言葉に、本当にうれしくなった。
「ぼくもその……お姉さんたちの弟になれてよかったです」
孤独だった少年にとって、なんであれ家族ができるというのはとてもよろこばしいことだったのだ。
「あの……お姉さんに聞いてもいいですか?」
「なに?」
「あの……さっき龍臣お兄さんが魔美子さんに言っていたことはどういう意味ですか?敵の息子って……それにレイゾクケイヤクって?」
「えっ?ああ……そのこと?……そうね、本当のことを知っておいた方がいいかもしれないわね。あなたの身を守るためにも」
豹子はしばしのためらいの後、いかにも思いきって、というように話をつづけた。
「昨日豹子さんが言っていたように、魔美子さんはもともと陽城家という大きな魔道家のお嬢さんだったの。ただ、陽城家は十年前、彼女の兄で当主だった鷹太郎という方をうちの龍雄お父さまがお倒しになって制圧された」
翔之介は、朝方見た夢を思い出した。
(あの白い服を着て『ひさかた』を使っていた人が鷹太郎にちがいない。どこかで見たような気がしたけど、魔美子さんに似ていたのか。とするとあの夢は……)
「陽城の生き残りである魔美子さんに対して龍雄お父さまは、彼女が以後、禍王の家に逆らうことのないように隷属契約の呪いをかけたの。これにより魔美子さんは『おなかの中ではどう思っていようとも』禍王の家の者に対して、その命令に逆らったり嘘をついたり、ましてや危害を加えるなんてことは絶対にできないようになっている。だからこそ、大おばは安心して魔美子さんをあなたの世話役につけたのよ。なにせ彼女が優秀な魔道士であることは間違いないからね」
翔之介はショックを受けた。
「でも、それじゃ、あの人は心の中では禍王家の人間を……」
「はげしく憎んでいるわ。なんといってもお兄さんを倒され、自分の家を絶やさせられたんですもの」
(だから、魔美子さんはぼくに対してあんなに冷やかな感じなのか。昼間、学園で野次られた時も、野次った子の気持ちがわかるからなにもしなかったんだ)
呪縛で縛られているせいで、敵の息子の世話役をしなきゃいけないなんて嫌に決まっている。そんなつらいことを彼女はやらされているんだと知ると、自分が少々冷たくされるぐらい、しかたないという気に翔之介はなってきた。
そのことをたま子に言うと
「あなたは優しいのね、禍王家にはめずらしい。……でも、だからといって魔美子さんにまるっきり心を許すことは控えておいた方がよいと思うわ。なにせ彼女はかつての敵の家、他人ですもの。隷属契約があるから彼女自身が禍王に対して積極的な反逆行為を取ることはできないけど、間接的になら禍王のためにならないことでもできるかもしれない」
「どういうことですか?」
「例えばだけど『ぬばたま』なんて術も、彼女ぐらいの術者なら扱えるかもしれないということよ。今回襲われた人は禍王家外の人間なのだから、たとえ彼女が襲ったとしても隷属契約に違反しない」
「でも、そんなことしてなんのために?」
「実際、あなたに疑惑の目が向かったでしょう?みんながギスギスし始めたわ。こうして禍王の中に不安定を呼び込もうとしているおそれだってあるもの。わたしには最悪、彼女ほどの術者なら、お父さまがかけた隷属契約すらくぐりぬけられるんではないかと思う」
そんなひどいことを本当に彼女がするのだろうか?じゃあ、もしかして昨日、この家に来る途中の高速道路で襲われたのも自作自演だったのか?
「とにかく彼女をすっかり信用することはやめておいた方がいいかもね。『しょせん』他人ですもの。わたしたちとあなたのような実の家族とは違う。あなたはわたしにとって、お母さんは違うけど、はじめてできた大事な弟ですもの。だからぜひ守ってあげたい。どうか十分気を付けてね」
そのあたたかい笑顔に、翔之介はこの家に来て、いや母を亡くして以来では初めて、心から味方だと思える人ができた気がした。




