魔美子の秘密2
その夜、翔之介は龍子や龍臣・たま子兄妹、豹子や天鼠先生に銀鹿医師、それに魔美子らと初めてきちんとした食卓を囲んだ。大広間の和室に集まっての食事だ。
きちんと食膳にのせられたごはんに、作法なんて知らない翔之介は緊張したが、みんな意外とそんなにマナーなんて気にしていないようだからホッとした。龍臣なんてあぐらをかいてしゃぶりつくように食べてる。
翔之介は隣にいる魔美子のマネをして静かに食べた。
別に新しく家にこどもを迎えたからといって、あたたかい態度で「もてなそう」という意識はこの家のものには無いらしい。だれも翔之介に、学校の様子はどうだったなどと聞いたりしない。
みな、箸をすすめながら朝の侵入者はどうなった、うまく始末してやった、などといった事務的(?)なやり取りを淡々としていた。
そんななか翔之介への興味を示したのは、裏家の豹子だった。
「魔美子さんは、翔之介さんになにを教える気でいらっしゃるのかしら?」
「……まずは、防御系の術を学んでいただこうと思っております。何よりご自分の身を守っていただくことが第一ですので」
「陽城家の守備魔術は整備されておりますからな。それを翔之介殿がお身に着けあそばさられたのならば大した力になりますでしょう」
天鼠先生がそえた。
「敵の息子に自分の家の大事な家伝を伝えなきゃいけないとはなあ。おまえもつらいこった。仕返しに、間違った術を伝えたりするんじゃないだろうな」
「お兄さま、やめて。翔之介さんの前でそんなことを言うのは」
「たわけ龍臣、魔美子には隷属契約がかかっておるわ。なんの心配もいらぬ」
(レイゾクケイヤクってなんだ?それにかたきって……)
「わたしは翔之介さまに持てる技術すべてをお伝えしますし、なにかあれば命にかけてお守りします」
魔美子が冷静に言うと
「ふうん、ひどく忠義な話ね」
豹子が鼻で笑うように言った。
食事を終えると、銀鹿医師が
「坊ちゃま、お薬です」
と盆にのせたグラスを差し出したが、
龍臣はいらだち気味に
「もうこんな体質改善薬など飲んでも意味がないだろう?跡継ぎはこの小僧に決まったんだ。今さらおれに魔能を発現させようなんてナンセンスだ」
と言った。
「――でも、お兄さま。せっかくここまで頑張って治療をつづけたのに」
たま子が薬をすすりながら言った。
しかし龍臣はいらだち気味に
「十年以上薬を飲み続けて、それでもちっともよくならなかったんだ。今さらどうにもならねえよ。おれはもう魔能を持つことはあきらめた。いや、とうの昔にあきらめていたんだが、おまえと銀鹿医師に対してすまないから薬は飲んでいたんだ。……もうこれを機会に、やめにしようじゃねえか」
それは、この気の荒そうな兄にしては妙にしんみりとした口調だった。
考えれば、この龍臣という人は気の毒だ。禍王家の長男として当然のように当主となることを期待されたのに、肝心の魔能がなかったのだから。立場は苦しかったに違いない。魔能を身につけるために長年つらい努力をしてきたのだと思うと、翔之介はこのおそろしげな人相の兄にはじめて同情めいた気持ちを持った。
(顔がこわいのはぼくもいっしょなんだから)
似合わないセリフを口に出したのが恥ずかしく思ったのか、龍臣は
「……その小僧が当主になれば、おれたちはどうなるかわかったもんじゃねえぜ。追い出されるかもな、たま子。気をつけようぜ」
と、いつもの皮肉めいた物言いに戻った。
それに対し大おばは
「ほっほ、心配せずともおぬしらは父親を同じくするきょうだいではないか。たとえ翔之介が当主になっても邪険に扱うようなことはあるまい。のう、翔之介?」
「はい、もちろん」
だれが当主になろうが関係ない。やっと出来た兄姉と仲良くするのは当たり前だ。
「なに言ってやがる?おばよ。きょうだい同士が仲が悪いのは禍王の伝統よ。――なあ、豹子?」
龍臣は、なにか底意地の悪い感じで、話を若いいとこに振った。
豹子は
「……さあ、どうでしょうかしらね」
口調はやわらかったが、その目にはなにか怒りらしきものがあって、青く震えているようだった。
「……ふっふ。まったくうるわしい親族一同だ。仲の良さに涙が出るぜ」
座はすっかり白けてしまった。




