第9話『カードバトル』
「エレメントドラゴン、お願い」
青き炎のドラゴンが幸雄へと牙をむき、攻撃をしかける。
「あまいな氷室さん、その程度の攻撃じゃあ俺の陣形は崩せないぞ」
エレメントドラゴンの攻撃が墓守犬シルバーを焼くが幸雄本人には届かない、それに加え三体の白鎧の盾騎士が幸雄の守りを固めていた。
くッと唇を噛みしめる静那。
「いいえまだです。私にはまだ切り札があります」
一枚のカードをかかげる。
「最強の力持つ三聖の主。眷属召喚、来なさい三聖竜ヴァルニグリス!」
静那絶対の切り札。陣営覇竜はおろか全スラッシュ・ザ・レギオンのモンスターの中でも最大の攻撃力をもつ灼熱のドラゴンロードが召喚される。
「薙ぎ払えヴァルニグリス」
三聖竜ヴァルニグリスのスキル【戦線の忘却】が幸雄に襲い掛かる。ヴァルニグリスの口から放たれた灼熱の光線が戦場を横一線に切り裂いた。
守りを固めていた三体の盾騎士を一瞬で消滅させ幸雄の守備を丸裸にした。
「これで最後です」
静那の命令でヴァルニグリスが無防備の幸雄へと容赦なく攻撃する。
「いいやまだだ、割り込み魔法・クイック召喚。来てくれ聖域聖界の聖女ミネルヴァ」
幸雄が盾騎士のスキルを使わず魔力を温存したのはこのマジックを使うため。
『私がいる限り、マスターには指一本ふれさせません』
黄金の髪と太陽の翼を持つヴァルキュリアが焼き払われた戦場へと舞い降りる。
静那が切り札を切ったように幸雄も切り札を切った。ヴァルニグリスはレベル18対するミネルヴァはレベル16のモンスター、最強の攻撃力を持つヴァルニグリス、あたりさえすればミネルヴァも撃破できる。だが――
「ミネルヴァのスキル【聖域の法則】発動。デッキ、捨て札の中から一枚マジックカードを手札に加えノーコストで使用できる」
幸雄は自分のデッキから一枚のマジックカードを選んで手札に入れすぐさま発動させる。
「割り込み魔法・リターンショット、対象はヴァルニグリスだ」
リターンショットの効果は選んだ召喚モンスター1体を手札に戻す魔法である。ヴァルニグリスが静那の手札に戻される。
「これで、もうできることはないな」
「……ターン終了です」
実体を持たないエレメントドラゴンは、ターン終了と同時に捨て札置き場へと移動する。
「悪いけど勝負だから、ミネルヴァの攻撃」
守り手の存在しない静那はミネルヴァの攻撃をダイレクトに受けて敗北した。
「負けました」
静那はうつ伏せにベッドの上へと倒れ込んだ。
「これで俺の三連勝だな」
明日から冒険者になると話し合いで決めた後、寝るにはまだ早い時間だったので幸雄と静那は二人の共通の趣味であるスラレギをダブルベットの上で普通にカードゲームとして遊んでいたのだ。
会話ができるようになったミネルヴァも使われればノリノリでバトルしていた。
「いいえ、私の六連敗ですよ。ヴァイスカイザー」
「な、どうして、その名前を」
静那は顔の半分をベッドに埋もれさせたまま幸雄のことをヴァイスカイザーと呼ぶ。
ヴァイスカイザー、この名前は幸雄の大変恥ずかしいあだ名であった。カードショップの大会の決勝戦、当時は白一色デッキでプレイしていた幸雄は優勝を果たす。対戦相手はこれまでなんども大会で顔を合わせたことのある常連だった。
相性がいいのか、この常連相手には幸雄の勝率は九割以上であった。弱いわけでは無いホントに相性がよかっただけだったのだが、相手は幸雄に連敗することが相当悔しかったらしい。
「おのれヴァイスカイザー、覚えていろ次こそはお前の白を敗北の黒に染めてやる!!」
と、とても恥ずかしいあだ名を幸雄につけて、半泣きになりながら捨て台詞を残し去っていったのだ。
ショップ大会決勝で半泣きの捨て台詞。このことが噂となって、いつの間にかヴァイスカイザーと行きつけのカードショップでは呼ばれるようになっていた。幸雄はとても恥ずかしいからやめて欲しかったのだがいやなあだ名ほど定着率は高い。白と緑の混合デッキを使うようになったのは、このあだ名も要因の一つである。
「その名前を知っているということは、あのショップで合ったことがあるのか」
常連のほとんどは男性だ静那ほどの美少女がいれば忘れるはずがない。
「いや、そういえばこのワンドラデッキには見覚えが」
ショップ常連の中に一人ワンドラ使いがいた。幸雄は記憶を掘り返す。確かワンドラ使いは小柄でまだ声変わりもしていない少年、帽子とメガネをかけた地味な、でもきれいな瞳をしていた。
「あれ」
幸雄は静那の瞳を見つめる。
「もしかしてワンドラのシズナ」
「やはり気がついていなかったのですね」
「いや、だって帽子にメガネは」
「大勢の男性の中に入っていくのは勇気がいりましたので変装していました」
「ショップで三回、ここで三回負けましたから六連敗です」
まったく気がつかなかった幸雄、まさか異世界でたまたま遭遇した相手が日本にいたころからの知り合いだったとは。
「なんと言うか、ごめん」
「いいですよ、こちらも隠していましたし。でもこれからは日本への帰還を目指すパートナーになったんです。できる限り秘密は無くすことにしました」
「パートナーか」
静那の信頼を少しは得られたのだと幸雄は感じた。
「これからよろしくな相棒」
「はい。さて、今日中に一回は勝利したいですね」
気合を入れた静那が起き上がり、デッキを整える。
「悪いけどワンドラには負ける気がしない」
「リターンショットが強すぎます。ミネルヴァさんとの連動が鬼畜です」
「確かにカードゲームだと便利だけど、こっちの世界だと使い道のない魔法なんだよな」
この世界で遭遇するモンスターは召喚されたモノではないので、召喚者へと返すリターンショットは使用しても意味がない。予備のカードがあれば入れ替えてもいいのだが、予備は一枚も持っていないので、リターンショットを入れたまま再びバトルが始まる。
ちなみに等価交換でゲットできるカードはゲーム用には対応されていない。
「ミネルヴァさんを引かれる前に勝負を決めれば」
「守りは固い、短期決戦は難しいよ」
こうして水上都市ハルバネラ最初の夜は更けていった。
「ふぁ~~」
大滝の皿宿の前で豪快なあくびをする幸雄、涙がでた目をこすりながら待ち合わせをしていたガイルと合流する。
合流した理由は冒険者ギルドに案内をしてもらうためだ。夕食時にはまだ明確に冒険者になると決めたわけではなかったが、ホーンダイルの素材を売った代金を冒険者ギルドでもらうことになっていた。
「ようユキオ、ずいぶんと眠そうだな」
「昨夜は静那と白熱しちゃってな」
「そいつはうらやましい、何回戦ヤッたんだ」
「かなり、たくさん」
眠たくてまだ思考が完全に目覚めていない幸雄はガイルとの会話がかみ合っていないことに気が付かない、昨夜の対戦回数を指折り数えてみせる。
「十回くらいはやったかな」
「ちょっと幸雄さん、その言い方では」
「なんだ、やっぱり二人はそういう関係なのかよ、十回とはたまげたな、それは眠くてもしょうがない」
「あ」
「バカ」
眠気で随分と端折って話してしまった幸雄はようやくガイルに変な誤解を与えたことに気がつく。
夜遅くまで白熱のカードゲームをしていた二人、いつの間にか並んでベッドに寝てしまい、朝起きたら互いの顔が近く、あまりの衝撃に幸雄はベッドから転がり落ちて、待ち合わせの時間が迫っていることに気がつき、ぜんぜん睡眠時間は足りなかったが慌てて身支度を整えた。幸雄は外套用のローブを上から被っただけだが、静那はローブの他に肩には翼竜ルビーが乗ってカエデを武装憑依してきたので腰から刀を下げている。
二人の呼び方は、白熱している内に自然と静那、幸雄さんと呼び合うようになっていた。
「しっかりしてくださいヴァイスカイザー」
「ごめんさない」
真っ赤な顔で抗議する静那にただ謝ることしかできなかった。
「なんだそのヴァイスカイザーって」
「幸雄さんのあだ名です。白い召喚獣を従えた無敵の皇帝って意味ですね」
「ほぉー、ユキオは自国でも有名人だったのか、あれだけの召喚獣を使えるんだから納得だ」
「ローカルな一部地域限定のあだ名だ、国ではぜんぜん有名じゃない」
「一部の地域でも有名なのはスゲーじゃねぇか」
地域のスケールを間違いなく誤解している。
いろいろと誤解されたまま三人は冒険者ギルドへと歩き出す。
道中で知っていると便利な店を数点紹介してもらう。まだ朝が早いため開いている商店はなかった。代金を受け取ったら帰りに買い物をしようと決める。
9話目にして初めて普通のTCGをプレイさせました。