第5話『白馬とボロローブ』
翌日。目覚めたら夜襲があったらしく黒い猪を解体しているキッチンタイガーMがいたが、もう耐性がついた幸雄はとくに驚くこともなくレベルが6のままなのに少しガッカリした。やはりレベルは徐々に上がり辛くなってきている。
「おはようございます真田さん」
「おはよう氷室さん」
一人暮らしになれた幸雄は、寝起きに異性との朝の挨拶は新鮮な気分になる。当たり前ではあるが、まだ警戒されているようで、キッチンタイガーMの見張りとは別にレベル1のモンスター【見上げる翼竜】という肩に乗せられるほどの幼く白いドラゴンに見張りをさせていた。
昨日のことを思い出した幸雄は警戒されていることに残念なような安心したような複雑な気持になる。
中学女子を襲う気など一切ないが、まだ出会って三日目である。これくらいの警戒されるのは普通だろう。
キッチンタイガーMが用意してくれていた朝食をすませると、昨日と同じくアスタリオンとイグアラプターに乗って大河をめざし出発した。違いがあるのは今日から二人はボロいローブをまとっていることと、静那の肩には昨晩から召喚されている見上げる翼竜がいた。
昨日の時点でかなり近づいていたため一時間ほどで大河へと到着、音速の伝書鳩の偵察ではよくわからなかったが大河の傍には流れに沿って馬車の通った跡、轍ができていた。
「上流と下流、どっちに行くべきでしょう」
「日本みたいに便利な標識もないからな」
人が通った跡がある以上、進めば村や町にたどり着けるだろうが、できるなら近い方へ進みたい。幸雄は音速の伝書鳩を上流と下流それぞれに飛ばし、静那は昨晩召喚していた見上げる翼竜を向こう岸の偵察へと飛ばした。反対の岸まで幸雄の目算では三百メートル以上ありそうだ。
「こんなことなら伝書鳩をもっとデッキに入れておけばよかった」
幸雄のデッキには音速の伝書鳩は二枚しか入っていない。上限の三枚まで入れておけばもっと偵察が楽だったのに。
「私ももう少し低レベルのモンスターを入れておくべきでした」
二人揃ってため息をつく。
『二人とも出会って数日なのに、息が合うようになってきましたね』
「そ、そんなことないですよ!」
ミネルヴァの指摘に慌てた様子の静那が強く否定した。幸雄の見間違いか少し顔が赤くなっている気もする。クールな静那が珍しくあたふたしていると向こう岸をめざし飛んでいた見上げる翼竜目掛け川底から黒い影が襲い掛かった。
水柱と共に現れたのは人間をも丸飲みにできそうな巨大な口、それが幼い翼竜を一飲みにした。
「ルビー!!」
緑色の光が静那へとやってきて手に灰色の見上げる翼竜のカードが現れた。
翼竜を食い殺した存在は川底に帰ることなく水面に顔を出したままこっちを見ている。
「どうやら俺たちも食事だと思っているようだな」
「よくもルビーを、いいでしょう。自然界は弱肉強食。食うか食われるか相手になります」
瞳に浮かべた涙を拭い静那はボロローブを脱いだ、腰に提げた日本刀を掴み居合いの構えをとる。
「倒したらキッチンタイガーにまた捌いてもらおう」
威圧感はサクイモズと同等か、川から現れたモンスターは上半身がワニで下半身が魚のワニギョとでも呼べば良いのか不思議生物、額には一本の角まで生えている。
ワニギョは水面を切り裂くように泳ぎ迫ってくる。
前足が陸にあがった瞬間、ローブの下に隠れていた魔導ライフル『白式』が火を噴いた。これは昨晩に等価交換で手に入れていたDランクのアイテムである。単発式のライフルで弾丸も通常弾丸(10発)ならEランク、特殊弾(10発)ならDランクで交換できた。
静那は武装憑依で武器を持っていたが幸雄は丸腰だったので手に入れておいたのだ。
放たれた弾丸は火炎属性の特殊弾で陸に上がった足に命中し焼き尽くした。
片足を失ったワニギョは転倒、そこへ踏み込んだ静那は首を切り落とそうと居合いを放つが、ワニギョの首は想像以上に固く刃が半分もいかずに止まってしまった。筋肉は固く引き抜くこともできない。静那はとっさの判断で日本刀をはなし距離をとると、静那の居た場所に翼竜を飲み込んだ大口が襲い掛かっていた。
「くらえワニもどき」
弾丸を装填しなおした幸雄がすかさず二発目を胴体へ打ち込み怯ませる。
だがまだ倒せていない、両手がフリーになった静那はデッキからカードを引き抜く。
「眷属召喚。ルビーの敵をお願いエレメントドラゴン!」
呼び出されたのは実体を持たない青い炎のドラゴン。レベルが上がったことにより本来の持ち主である静那自身が召喚できた。
マスターの気持ちを受け取ったエレメントドラゴンは怒りの咆哮と共に放った青炎のブレスでワニギョの全身を焼き上げる。黒焦げたワニギョは倒れ二度と起き上がることはなかった。
静那は灰色になった見上げる翼竜のカードを見つめる。
見上げる翼竜に名前などはなかったがルビーと名付け思い入れがあったようだ。
「はい、これ使って」
幸雄は悲しんでいる静那へそっとカード再生薬を差し出した。見上げる翼竜はレベル1なのでランクFの再生薬で蘇れる。
「ありがとう」
静那は再生薬を受け取り見上げる翼竜のカードへ振りかけると灰色のカードは色を取り戻した。
「眷属召喚、見上げる翼竜!」
呼びだされた幼い翼竜は噛みつかれた後はなく元気な状態で静那の肩に舞い降りる。
「ルビーよかった」
モンスターよりも小動物とせっするようなしぐさに幸雄はあることに気が付いた。
「もしかして日本でも動物飼ってたのか」
「はい、昔ですけど犬と馬を」
「ああやっぱりって! 馬ってホース!!」
犬は納得できたけど、馬を飼っていたとは。
「どうして英語に」
それだけ驚いた証拠です。
「――もしかして氷室さんは、いいところのお嬢様ですか」
「そうですね、家は裕福ですね。生きていくうえでのお金で苦労はしていません」
少し気になる言い回しだなと思いながら幸雄は静那の新しい一面を知ることになった。ずっと武装憑依しているので精神は耐性がついていると勝手に思い込んでいたが、不安や心細さはあったはず。翼竜が静那の心を癒しているのかもしれない。
ルビーの復活で静那の気持ちも落ち着き、倒したワニギョをカードにしてみたら。
【黒焦げのホーンダイル/ランクC 補足、焦げていなければ角と皮は素材に肉は食糧になった】と書かれていた。
「これは、黒焦げにしなければ素材も取れていましたね」
「だろうな、ご丁寧に補足されてるし」
ランクCは魔核が無事だったからで、魔核を取り除けば【黒焦げのホーンダイル/ランクE】となった。
「ごめんなさい、エレメントドラゴンを使わなければ素材も取れたのに」
「いや、素材を気にして怪我でもしたら大変だったから、これでいいよ」
魔導ライフルも刀も致命傷を与えられなかった。どんな攻撃手段を持っているかもわからなかったしエレメントドラゴンで素早く倒したのは、謝るどころか最善手だった。
さいわいキッチンタイガーMの料理が交換材料として使えるし、ランクCの魔核は手に入ったのだから。
「ありがとうございます」
「元の世界に戻るまでは一蓮托生。戦闘も安全第一で素材は無理しない程度で狙っていこうぜ」
元の世界。母はシングルマザーで幸雄が中学卒業と同時に再婚していた。そのおかげで家庭の財政面は改善されたが、義父との生活がなじめなかった幸雄は高校を卒業すると就職して一人暮らしをはじめていた。
別に義父との仲が悪かったわけでもない、母を大切にしてくれる敬意を払える人物であったが、幸雄にはどうしても父とは思えずよそよそしくなってしまい、家は居心地の悪い場所となっていた。義妹にあたる元気な少女もなついてくれていて、一人暮らしを言い出した時には一番反対されたが、どうにか説得した。
休みの日には遊びに連れて行くと約束させられたが。
本当なら、この世界に飛ばされた日の翌日に遊びに連れていく約束があったのだが、怒ってはいないだろうかとか、心配して警察などに連絡していないだろうかと不安になる。
「どうかしました」
いつの間にか考え込んでいたようだ。黙り込んだ幸雄を静那が心配気味に覗き込んでくる。
「いや、なんでもないよ」
誤魔化すように明るい口調で答えた。
そして丁度いいタイミングで上流へ飛ばした伝書鳩が戻ってくる。カードへと戻せば伝書鳩が見た光景が幸雄へと流れてくる。それによると。
「歩きで半日くらい行った場所に大きな街があるな、それと街とここの中間地点に武装した集団が何か作業をしてる」
「武装した集団ですか、盗賊とかでしょうか」
「いや、たぶん違うな」
幸雄は伝書鳩が伝えてきた情報を整理しながら静那に伝えた。この世界で初めて目撃する現地人の集団の人数は大凡三十人、全員が男性で多くの者が槍や剣などで武装して皮や鉄の鎧を装備している。まさに異世界の冒険者スタイルだ。
「盗賊ではないと判断した理由は?」
「一緒に商人風の男性も数人いるんだ」
盗賊なら商人を襲って品物を盗めばいい、だが彼らは商人に代金を払って食糧や木材を購入していた。
「食糧はわかりますが、木材ですか」
「ああ、ログハウスにでも使うようなデカい丸太材だ、商人が馬車でわざわざ運んできたみたいだな、前もって注文していたんだろう。あそこは街からも徒歩で数時間のひらけた川辺だ、盗賊ならあんな目立つ場所でどうどうと作業はしていないだろう」
「どんな作業をしてるんです?」
「よくわからない、丸太を組み合わせてクレーンのような物を作ってる」
二人は相談して上流の街へと向かうことにした。
この世界にきてからの初めての人との出会いである。ミネルヴァは世界の仕組みを知っているだけで人間社会の情報はもっていない、元の世界に帰るためにも情報は必要だ。
『言語はたぶん通じると思うので大丈夫です』
「本当かよ……」
たぶん、思う、の説明に大丈夫なのかと不安はあったが、当たって砕けろ精神で集団の方へと歩き出した。
「あの、真田さん。ラプターに乗ったままで大丈夫でしょか」
『確かに警戒され騒ぎになるかもしれませんね』
幸雄が乗っているのは白馬だが、静那は肉食竜に乗っている。日本だったら町中に恐竜が現れたら間違いなくパニックになっている。この世界には普通にモンスターがいるが、肉食竜への耐性はどのくらいなのだろうか、常識がないので判断ができない。
「アスタリオンをもう一枚持ってるからトレードするか」
「できればそれがベストなんですけど、アスタリオンはレベル5ですよね」
「そうだった」
自分の属性でないモンスターを召喚する場合、魔力はレベルの倍消費してしまう。現在レベル5の静那では召喚するだけで全魔力を使い果たしてしまうのだ。
「マジックポーションを使うか」
「意味もなく使用するのは勿体ないですよね」
『それでしたら、イグアラプターをカードに戻して、マスターのアスタリオンに二人乗りすればいいんですよ。フルプレートの騎士を乗せてもビクともしないアスタリオンなら二人乗りも苦にしません』
「なッ」
(女性と馬に二人乗りだと、それも白馬に、どこの児童絵本の世界だ)
『これが一番魔力を節約する方法です』
「確かにそうなんだが、氷室さんはいやだろ、下級マジックポーションはランクFだから負担はないしここはアスタリオンのトレードにしようぜ」
「――私はかまいません」
「へ?」
差し出した聖域の白馬アスタリオンのカードは受け取らずに静那が小さくつぶやいた。
「私は別に二人乗りでもかまいません」
「いいのか」
「ランクFのカードでも節約できるところはするべきです。一枚ならいいだろうと溜まった無駄使いでいつか痛い眼をみるかもしれませんから」
「そ、そうか」
強い口調で説得され二人乗りすることが決定した。
馬の二人乗りはどうすればいいのか知らない幸雄、一人乗りもやったことがなかったがアスタリオンが優秀だったのでただ乗っているだけで進んでくれていたのだ。
『マスター、自分よりも体の小さい者は前に乗せるべきです』
「そ、そうなのか」
幸雄が体を後ろにずらし前に一人分乗れるスペースを作ると、馬を飼っていた乗馬経験者である静那は軽い身のこなしで馬へとまたがった。
「いい馬ですね」
よろしくねとアスタリオンの首を撫でる静那、アスタリオンも了解とばかりに白い鬣よりも白い歯をちらりと見せ、最小限の揺れで幸雄と静那を運んで行く。