第26話『相談前編』
一週間前に引き払った部屋にまた戻ってきた幸雄と静那、メンバーにフィリナも増えたのだが同じ部屋である。男一人女二人をベッドが一つしかない部屋に押し込むとは、マルトには三人の関係がどう見えていたのだろうか。癒しのローブを脱ぎ、幸雄はソファーに静那はベッドに座り込んだ。フィリナは二人の邪魔にならないように部屋の隅に控える。
「うまく囲い込まれているみたいですね」
「悪意は感じないから、俺たちが嫌がることはしてこないと思うけどな」
『嫌がらないギリギリで繋ぎとめようとはしてくるかもしれません』
ミネルヴァの言うギリギリとは、まさにこの部屋の状況がそれだろう。
「エルフィーナさんも弁舌は立ちそうだよな」
「双方が納得していましたけど、この宿の部屋を自分の分も用意させていました」
マルトとしてはオメガⅢの冒険者と縁を結んでおきたい。エルフィーナはそれを承知していたから、この宿を褒めるだけでマルトに部屋を確保させた。
この後、そんなエルフィーナに依頼の相談にのってもらうことになっている。日本へ帰るための最大の手掛かりだ、手ごわい相手でも逃げることはできない。
「もっと営業の勉強をしておけばよかった」
「弱気になる必要はありません相手は好意的なのですから、私も微力ながら協力します。一緒に日本に帰るために頑張りましょう」
『私も気がついたことがあればアドバイスを送ります。頑張りどころですマスター』
「そうだな、よし行くか」
二人の女性からエールを受け、幸雄はここで立たねば男がすたると気持ちを切り替え立ち上がる。
幸雄は腰のデッキホルダーを確認して、静那はいつものようにルビーを肩に乗せてエルフィーナが待つ部屋へ。
マルトがエルフィーナのために用意したのは、隣の部屋だったのですぐに到着。一呼吸して幸雄は扉をノックした。
「はいどうぞ、カギは掛かっていないよ」
「失礼します」
部屋の内装は幸雄たちの部屋と同じだったが、置かれている家具はすべてが変わっていた。ダブルサイズのベッドがなく、木製テーブルや椅子といった家具が多く持ち込まれている。
「硬くならなくてもいいわよ、くつろいでね」
木製の椅子が馬のように動き、幸雄や静那の後ろに回り込み座ってくれと催促しているので、流れで腰を下ろしてしまった。フィリナは素早く壁際に立ち背後には回り込ませない位置取りをしている。
「あなたも座ってくれていいのよ」
「私は従者ですので」
「頑固な子ね。まあいいは」
椅子の次は動くテーブルがティーセットを乗せて幸雄たちの前で止まる。ポットも自動でカップにお茶を注いでくれ、勝手に開いた食器棚がお茶請けを並べてくれる。
『すべて木属性の魔法ですね。おそらく普通の家具や食器にエンチャントをかけて動かしています』
魔導道具ではなく、魔法の力で動かしているらしい。これだけでも相当な実力をもった魔導士であるとわかる。
「さて、依頼は私に相談したいことがあるそうだけど、それはいったい何かしら」
ようやくここまで辿り着けた。
幸雄と静那は頷きあうと、幸雄が代表して口を開く。
自分たちが異世界から来たことを話し、戻るためには地脈、こちらの世界では霊脈と呼ばれる。力の集まる地点を教えてほしいと頼んだ。
エルフィーナは幸雄の話を遮ることなく、とんがり帽子の中から水晶玉を取り出し黙って話を最後まで聞いてくれた。
「異世界からね、なるほどなるほど」
「信じてもらえるんですか」
「まぁ、矛盾はないからね、それに金貨五百枚も払って私に作り話を聞かせる理由も思いつかないし、知識がちぐはぐで、知っていて当たり前の常識も知らない所がチラホラ見えたし、これが嘘をついていないって、もし嘘をついていたらこの水晶は紫に変わるんだよ」
手のあった水晶玉は嘘発見器の機能があったらしい。緑の穴熊にしたような誤魔化し説明をしないでよかったと幸雄はホッとする。説明をする上で幸雄はどこまで話そうかと悩み、静那やミネルヴァと依頼を出す前、一週間の森で生活していた段階で相談していた。
結果、オメガⅢランクの相手に嘘をつくのは不味いと、相談を持ち掛ける以上、相手がまじめに話を聞いてくれるなら誠意を見せた方がいいと方針を決めていた。
第一関門は突破できた。
「元の世界に帰るために霊脈の強い場所が必要か、その場所さえわかれば帰れるの」
「はい、魔法陣は自分たちで作れますので、場所だけが問題なんです」
「ふーん、なるほどね」
親指を顎に当てエルフィーナは思考に入る。
「もしかして、二人がこの世界に来た日って青ノ二月十五日じゃない?」
「あおの二月十五日?」
「幸雄さん、それはこの世界の暦です。エルフィーナさんの言う通り、私たちがこの世界に転移したのは青ノ二月十五日です」
この世界の本を数冊読んでいる静那は、暦も把握していた。
六境世界ストラリアの一年は三百六十四日と日本と酷似しているが、月の呼び方が違っていた。年始から青月、赤月、黄月、白月の四つの呼び方になっており、それぞれの月が三カ月あり四季に近い分け方をしていた。
青ノ一月と二月は三十日、三月は三十一日、これは月の色が変わっても同じである。
つまり青ノ二月十五日とは、青月に入ってから二カ月目の十五日という意味である。
「よく知ってたな」
「暦がわかったので逆算しました」
優等生静那のおかげで幸雄は現在の暦を把握することができた。
「でも、よくわかりましたね私たちがこちらに来た日時が、もしかしてですが」
「ご明察シズナくん。青ノ二月十五日は、一年で一番霊脈が活性化する日なのさ」
「つまり俺たちが帰るには、来年の青ノ二月十五日を待たないといけない?」
「さぁ、そこまではわからないけど、霊脈を活用するならそれが一番可能性が高いんじゃないかな」
『マスター、場所を確認してください、もしかしたら一年待たなくても魔法陣を動かす十分な魔力があるかもしれません』
「その霊脈が俺たちに使えるかどうか確認したいので場所を教えてもらえませんか」
「んー場所か、一応霊脈の利用方法ってエルフの秘儀なんだよね」
「金貨五百枚ではたりませんか、でしたらどのくらい必要でしょうか」
「お金の値段じゃないんだよね」
幸雄もそんな気がしていたが、お金で解決できればいいと願い意見したまでだ。
「実は私も今、問題を抱えていてね。一つお願いを聞いてくれたら霊脈の場所を教えてもいいよ」
「……それは俺一人でも大丈夫ですか」
「幸雄さん!!」
どんな条件を出されるかわからない、危険なことならば二人でやる必要はない。
「残念ながら二人にお願いしたいのよね」
「幸雄さん、私は降りるつもりはありません。日本に帰るまでパートナーになると決めたはずです。危険が伴うとしても私は一緒にいますから」
「でも……」
「でも、なんですか」
どうあっても意見は曲げないという決意が静那から伝わってくる。ひょっとしたら怒っているかもしれない、肩に乗っていたルビーがいつのまにかフィリナの腕の中へ避難している。
「なんでもありません」
『マスターの負けですね。今夜は部屋でお説教されるかもしれませんよ』
それは勘弁して欲しいと願う幸雄、そんな二人のやり取りを両目を閉じたまま黙って見守るフィリナは静那が押し勝つのがわかっていた様子、腕の中のルビーを優しくなでている。
「あはは、本当に面白いね、恋人を守りたい気持ちはわかったよ、安心して欲しい危険なお願いではないから」
「恋人じゃないです」
「パートナーではあります」
「お似合いだと思うけどね」
「勘弁してください、中学生以下は対象外です」
「ムッ」
静那の睨みをスルーする幸雄、思わずまた静那を怒らせるワードを言ってしまった。これは本当に部屋に帰ったらお説教されるかもしれない。