第2話『等価交換と勇気』
『三つ目のスキルは『等価交換』です。倒したゴブリンカードを持ってトレードと唱えてください」
「トレード」
幸雄の周囲に半透明のカード軍が浮かび上がった。全部で五十種類くらいはあるだろうか【ファイア】や【ウィンド】といったいかにも初級攻撃魔法っぽいカードから【下級HPポーション】や【下級毒消し薬】といった薬系【粗悪ソード】や【劣化シールド】なのどの武具まで様々だ。
『この等価交換の能力は同ランクのカードと一対一の交換をすることが可能な能力です』
「すげー、ホントにこの中のどれでも交換できるの」
『はい、ランクがFですので一番程度の低いカードになりますが』
「一番低いカードか」
確かに下級や劣化といった程度が悪いことを示す記述が多い。
「例えばファイアのカードにすれば、俺も魔法を使えるの」
『もちろん使えますよ。マジックカードなどは使い捨になるので一度使うと無くなってしまいます』
「マジックカードは使い捨てと、魔法系じゃなければ残るのか粗悪ソードとか」
『残りますが、ランクFの武具はおススメではありません。もしかしたら一度使用するだけで折れる可能性もあります』
「そこまでか、まさに粗悪だな。それじゃミネルヴァのおススメってある」
『ありますよ、それこそがマスターだけができるレベルアップの近道に使えるカード【EXPブースタードリンク(小)】です』
これには備考にテキストがあった。獲得する経験値を二倍にすると。
「おお、確かにこれなら成長を早められる」
最下位ランクでこれなら上位ランクなら倍率はもっと高いはず。(小)と書かれているのだ(大)だってきっとある。さっそく倒したゴブリンをEXPブースタードリンク(小)にトレードした。
『さらに等価交換には十枚集めるとワンランク上のカードと一枚交換できる能力もあります』
「今Eランクが見られないのは、交換できるだけの素材を持っていないからか」
『はいそうです。交換できる分の素材を手に入れたら上のランクは自然解放される仕組みです。有効に活用していきましょう』
「おおお、つまりFランクを十枚集めたらEランクカードと交換できるってことだな。すぐにゴブリン狩りにいくか」
コレクター魂に火が付いた。TCGプレイヤーはコレクションが好きな人が多いだろうと幸雄は勝手に思っている。さきほどの遭遇で恐怖したゴブリンを自ら狩りに行こうと言い出す。
『狩りもいいのですが、先に体を休める場所を確保しませんか』
「確かにそうだな、このあたりに休める場所ってある?」
『ごめんなさい、そこまでは私にも』
「そうか、そうだよな」
あたりまえのことだが、ミネルヴァにも知らないことはあるらしい。
「どうやって探そう」
幸雄は森の中での移動や知識、アウトドアに関係する技能は持ち合わせていない。
『マスター、シルバー以外に探索に向いているカードを使ってみては』
「そうか、その手があった」
幸雄はデッキから羽ばたく鳩が描かれたカードを取り出す。
「眷属召喚【音速の伝書鳩】」
シルバーの時よりも多くの気力が体から抜けていく。シルバーはレベル1で伝書鳩はレベル2である。気力の減り方の違いはレベルの違いのようだ。召喚された音速の伝書鳩は翼に緑色のラインがあるだけで、それ以外は普通の鳩とかわらない。
『近くでマスターが休める場所を探してください』
ミネルヴァが指示を出すと伝書鳩は頷き木々の枝をよけながら空へと飛びあがり、一度上空を旋回すると太陽の方へと飛んで行った。
大量の気力を持っていかれた幸雄は立っているのも辛かったので、その場に座り込んで伝書鳩の帰りを待つことにした。
動転していて今まで気が付かなかったが、腰には見慣れないベルトが巻かれていてデッキフォルダーまで付いていた。
異世界転移とは不思議の塊だ。
『大丈夫ですかマスター』
「一週間の連続残業後に400メートル走を全力でやらされたような疲労感だ」
『わかりにくい例えですね』
「召喚できるのは一度に一体までなのか」
『いいえ、マスターの魔力が続くのでしたら何体でも召喚できますよ』
それは『スラッシュ・ザ・レギオン』のルールと同じ仕様であった。
「じゃ、同じカードは?」
『同名のカードは三枚までなら召喚可能です』
これもルールと同じだ。『スラッシュ・ザ・レギオン』では一つのデッキの中に同名のカードは三枚までという上限があった。
それから幸雄はこまごまと気になったことをミネルヴァに尋ね時間を消化していると、いきなり目の前に伝書鳩が現れた。音速の名は伊達ではないようだ、近づいてきたことも察知できない速度で衝撃波もなく帰ってきた。
『休めそうな場所は見つかりましたか』
伝書鳩は座り込んでいる幸雄の膝の上に舞い降りると、器用に片方の翼で方向を示す。
『無事に見つかったようですね』
役目を終えた伝書鳩はシルバーの時と同様に光を放つとカードに姿を戻してデッキへと収まった。すると抜き取られた幸雄の気力も回復、いや戻ってきた。カードに戻すと気力――おそらくこれが魔力なのだろう――が戻る使用のようだ。
「できれば護衛に一体くらい召喚しておきたいんだけど」
『現状で召喚をしますと、レベル1のモンスターでもマスターの行動阻害になりますね』
「レベル上げれば動けるようになるのか」
召喚できるのは楽しいけど、このだるさだけはなんとかしたいと願う。
「拠点を確保したら、できるだけ速やかにレベルアップしたい」
伝書鳩をカードに戻したことで、魔力と一緒に伝書鳩が見つけた情報も伝わってきた。どうやら、召喚したモンスターが経験したことはカードへ戻すと知ることができる仕組みらしい。このまま真っすぐに進むと小さい村があるようだ。伝書鳩は村を見つけてすぐに引き返して来たので詳細はわからないが、どうも人の気配がない様子。
日本のサラリーマン幸雄がヒィヒィいいながら草木をかき分けたどりついてみれば、そこは廃村であった。
『村に人の気配はありません』
ミネルヴァは小さな村一つ分くらいなら、気配の察知はできるらしく、ここまでの道中でもこの気配察知に助けられていた。慣れない森の行軍だけで体力を持っていかれ、とてもゴブリン狩りをする余裕はなかった。
人がいなくなってどれくらいの年月が経っているかわからないが、家屋の荒れ具合からかなり長いこと人の出入りはなさそうである。
『この家が一番落ち着けそうですね』
村の中央にあった一回り大きな家、村長の家だったのだろうか、他の建物よりも頑丈な作りで、この村で唯一屋根も無事に残っている。
「おじゃましま~す」
今にもはずれそうな扉をゆっくり開いてのぞき込むと、そこはまさに廃墟といった空間であった。無事だと思った屋根にも穴があり、割れた床板からは雑草が伸びている。奥の寝室には変色した布のかけられたベッドが二つ。
日本にいたころは使いたいなど欠片も思わなかっただろう幸雄だが、森の中で野宿するよりは何倍もましである。
そのままベッドへ倒れこむ、砂埃が舞い上がるが気にもしない。慣れない森の中の行動で相当疲れていた。全身に疲労感が広がり、瞼を閉じれば一瞬で夢の世界へと旅立ちそうだ。
『マスター、待ってください。眠る前に護衛としてシルバーの召喚を、森を抜けたといってもここは廃村です。モンスターも徘徊している可能性があります!』
「シルバー?」
『指示は私が出しておきますので、召喚をお願いします。あとEXPブースタードリンクも飲んでおいてください』
「眷属召喚・シルバー」
瞼がほぼ閉じかけていた幸雄は疑問も感じずEXPブースタードリンク(小)を飲み、ミネルヴァの提言にしたがい、なんとかデッキからカードを引き抜いてシルバーを召喚する。残っていた気力はその召喚ですべて持っていかれてしまい意識を失うように眠りに落ちた。
主が眠りについた部屋で、行儀良くお座りしている墓守犬シルバーへミネルヴァは細かな指示を伝える。
『ではシルバー。マスターが眠りに付いてしまったのでデッキリーダーとしてマスター代理権限を使用します』
マスター代理権限。不測の事態によりデッキの持ち主が指示をだせない状況に陥った場合、代わりにいくつかの権限が施行できる。それがマスター代理権限である。
『シルバー、あなたにはこの家の外で警戒を命じます。近づく魔物は速やかに処理してください。かなわないと判断した時はマスターが目覚めるように遠吠えをお願いします』
幸雄を起こさないように小さく一鳴きするとシルバーは前足を器用に使い、音を立てずに扉をあけて外へと出ていた。
それからしばらく、外から集団で争う音が聞こえてきたが、幸雄が目を覚ますほどの遠吠えは聞こえず。疲れ切った幸雄が目を覚ますことはなかった。
「……なんじゃこりゃ」
翌朝、幸雄が目にしたものは村の中央広場に積み上げられた。倒されたゴブリンたちの山である。
『深夜に襲撃してきたゴブリンたちをシルバーが撃退しました』
いったい何体いるのか、折り重なっているので幸雄には数えることができなかった。
『マスター、倒したモンスターは放置しておくと魔素へと気化してしまいます。対象札化をしてください。もったいないですよ』
「お、おお、対象札化」
ゴブリンの山に手をかざしてカード化のスキルを発動させる。倒されたゴブリンの山が緑色に輝くとまとめてカードとなって幸雄の手に収まった。
一晩寝ていただけで『倒したゴブリン/ランクF』のカードを24枚もゲットしてしまった。そしてレベルも確認してみると。
「うお、レベル4になってる!」
【真田幸雄/レベル4:魔力8】とデッキには浮かび上がっていた。
『ご苦労さまでしたシルバー』
ミネルヴァに労われ、ほめてほめてといった瞳で幸雄を見上げてくるので、そのきれいな銀色の鬣をわしわしと撫でまわしてやると、目を閉じたシルバーが嬉しそうな声を出す。
「俺が一切かかわっていない戦闘でもレベルが上がるのか」
『マスターが召喚した眷属ですので』
「それなら、俺は安全地帯に隠れていても問題ないんだ」
『戦闘での指示やサポートができなくなるデメリットはありますが、その通りです』
「サポートか」
スラッシュ・ザ・レギオンにはモンスターカードの他にマジックカードが存在する。マジックカードは直接相手モンスターに攻撃するモノから強化するモノまで種類は豊富、これらをうまく活用すれば低レベルのモンスターでも高レベルのモンスターを倒すことができる。
「それは、もう少しレベルが上がって使えるカードの種類が増えてからにしよう。今はとにかくシルバーたちに頑張ってもらう」
命があってこそ、幸雄はかっこよく自分が前線にでて戦いたいなど微塵も考えてはいなかった。同じカードは三枚までなら召喚できる。そして幸雄のデッキには墓守犬シルバーのカードは三枚入っていた。
「眷属召喚・墓守犬シルバー(×2)」
追加でさらに二枚。
幸雄の召喚に応え二頭の銀色の毛並を持つ大型犬が顕現した。それぞれに瞳の色が少しずつ違ったので見分けもつく使用のようだ。
レベルがあがったからだろう。三頭も召喚したのに昨日よりも疲労感が少ない。召喚に使う魔力はレベル同値だけ消費される。これがレベルアップの恩恵かと幸雄は寝ている間にシルバーへ指示を出してくれたミネルヴァに感謝した。
「シルバーたちは、三方向に散って村の周辺でゴブリン狩りをしてくれ、あまり遠くで倒してもゴブリンを持ってくるのが大変だろ」
指示を受けた三頭は風のように村から駆け出していった。
「これでまたレベルがあげられるかな」
『マスター、EXPブースタードリンク(小)を飲み忘れないように』
「そうだった」
廃墟の中へと戻った幸雄は、手に入れた24枚のカードの1枚をさっそくドリンクへと等価交換して一気に飲み干す。
「それじゃシルバーたちががんばってくれている間に、残りのカードをどれと交換するかゆっくりと吟味しよう」
趣味カードゲームの幸雄にとってこのスキル等価交換は胸躍る能力である。
昨日睡眠とったベッドに腰を下ろしリストを開くと昨日は見れなかったEランクカードの一覧も表示された。ミネルヴァの説明通り10枚あればワンランク上のカードとも交換できるようだ。さてさてどんなカードがあるのか、幸雄は一枚一枚じっくりと説明を読んでいく、中にはカード再生薬といった意味がわからいモノもあった。
「目新しいのは数種類しかないか」
『Eランクも下位ランクですから、それほど劇的には変わりません』
EランクはFランクの上位互換のカードが多かった。例えばFランクの粗悪な剣は普通な剣と名前が変わっている。だがFランク10枚使って手に入るのが普通の剣では効率がわるい、幸雄は剣を使う技能をもっていないので交換はしない。唯一Fランクにはなかった武器で魔導銃といった項目が追加されてはいるが、名前が粗悪な魔導銃とあったので交換はやめておく、一番欲しかったEXPブースタードリンクの上位互換もなかった。
『でも魔法は上位属性がありますよ』
Fランクには火、水、風、土といった基本属性魔法しかなかったが、Eランクには雷撃系のサンダーや氷結系のコールドといった上位属性の初級魔法がラインナップされていた。初級なので威力はあまり期待できないが、雷撃や氷結が弱点のモンスターは多いらしく苦手属性をぶつければ初級でも隙をつくることはできる。
「雷撃魔法のサンダーは一枚交換しておくか、あといくつかFランクの魔法も交換とウォーターなら飲み水にも使えるしな」
武器が使い物にならないので使い捨てだがマジックカードを入手しておくことにした。
『EXPブースタードリンクの効果は半日ほどしか続かないので、いくつか確保しておくべきですね』
「スタミナポーションとマジックポーションも保険にいくつか」
こうして24枚あったFカードをすべて使い切ってしまい、やることがなくなった幸雄はレベルが上がっていないかなと、デッキを確認しようとしたところに、前触れもなく灰色になった墓守犬シルバーのカードが一枚戻ってきた。
「な、なんだこれは」
灰色になったカード。
『シルバーが倒されたようです』
「もしかして、リストの中にあったカード再生薬を使えば再生できるのか」
『その通りですが、今はそれどころではありません』
ミネルヴァの焦りを含む言い回しに、幸雄も嫌な予感がした。
『シルバーはこの村周辺で狩りしていました。つまり、この村の周辺にシルバーを倒せるモンスターがいます』
一瞬で全身の血の気が引いた。
そして村の外から、何かが衝突したような大きな爆発音。
ころがるように外に這い出ると、村のすぐ近くから煙が上がっている。爆発が起きたのはあそこで間違いないだろう。まだ戦闘が続いているようで、爆発地点の木々をなぎ倒しながら徐々にこの村に近づいてきている。
「残りのシルバーがまだ戦っているのか」
『いえ、違います』
カードになって戻ってきたのは一枚だけ、まだ二頭のシルバーが残っている。幸雄はあそこで戦っているのはシルバーだとばかり思っていたが、その二頭のシルバーは異変を感じ主である幸雄を守るために戦闘音とは別の方角から戻ってきた。
「シルバーじゃないとするといったい誰が」
『モンスター同士の争いかもしれません。マスター早くここから離れましょう』
逃げるように促すミネルヴァだったが、行動を移すにはすでに遅かった。
戦場は加速するように動きこの廃墟となった村へと場所を移したのだ。吹き飛ばされる木々が村へと降り注ぎ、小さな影が村へと飛び込んでくる。
「セーラー服!?」
それは異世界ではありえない、幸雄の元居た世界での学校指定の制服にしか見えなかった。紺色のブラウスとスカートに朱色のセーラー、少し古め、いや伝統を感じさせるセーラー服を着ていたのは長い黒髪の純和風の美少女。
そんな美少女を追って姿を現したのは上半身がカマキリで下半身が蜘蛛のような八本足を持つ虫型の巨大なモンスターであった。体長は村の家屋よりも頭一つデカい。鋭く長い鎌だけで幸雄の身長と同じくらいの長さがありそうだ。
なんでこんな化け物と美少女が戦っているんだ。
幸雄の思考が追い付かない。
美少女の手には日本刀が握られており、マンション二階くらいの高さから振り下ろされる鎌を弾き返す。
「おいおいおいおい」
見ているだけで冷や汗もの。
一撃でも食らえば粉々になってしまうだろう。
美少女は鎌を弾く、次は交わす。交わした鎌が地面を叩き轟音と共に地面をえぐり土煙をあげる。爆発音の正体はこれだった。
なんとか持ちこたえているだけで、美少女には巨大モンスターを倒す手段はなさそうだ。
「どうする。どうすればいい、俺はマンガの主人公じゃないぞ」
少女がモンスターに襲われている場面に遭遇。
マンガの主人公なら勇気を出してヒロインを助けるために駆け出すだろうが、幸雄にはそんな勇気も助ける手段もない。いや、幸雄は手の中のデッキを思い出した。助ける手段なら手の中にあった。
手段があるならあとは勇気だけ。
幸雄には義妹がいる。母親の再婚相手の連れ子だ。セーラー服の少女はその義妹と同じくらいの年ごろ。
そんな少女を助ける手段もあるのに見捨てるのは。
「さすがに情けなさすぎるだろ」
手段はあった。勇気を出す理由もみつかってしまった。
だったら行くしかない。
幸雄はデッキの中から一枚のカードを引き抜く、それは現在召喚できるレベル4までのカードの中で一番戦闘力の高いカードであった。
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