第11話『冒険者ギルド登録初日』
水晶球に手をかざすと冒険者ギルドのネットワークに魔力が登録され、それぞれ専用の冒険者ギルドカードが出来あがる。銅色で表には名前と特技が裏にはガンマⅢの文字が浮かび上がる。
「依頼は一階のボードに張り出されています。ガンマランクで受けられる依頼は土色の用紙で書かれていますので見分けは簡単になっています。また依頼内容によって四隅に色づけされていますので選択基準にしてください」
文字が読めない入門者のために仕事内容の絵と報酬金額の書かれた依頼書は読めなくてもわかる工夫がされている。
最高位のオメガ専用依頼は黒い用紙に、次のアルファ以上の依頼は金の用紙に、ベータ以上は銀の用紙、入門者ランクのガンマは土色の用紙と分けられ、全部の依頼に共通してフチの色が赤色なら討伐系、青色なら採取系、黄色なら街内部の依頼となっている。
例えば、土色の用紙にフチは赤色でゴブリンの絵が描かれた依頼書は、ガンマランクのゴブリン討伐依頼となる。
詳しい話しは依頼書をカウンターに持っていけば教えてもらえるらしい。
冒険者に必要な説明を聞き、一階に下りれば依頼ボードに群がっていた冒険者の数が減っていた。
「ほらな、登録に時間をかけすぎた、良い依頼は早い者勝ちだからもう残ってないだろう」
「明日はもっと早くこなければいけませんね」
「だな、とりあえず残ってる依頼書を見てみるか」
「そうですね」
「それじゃ俺はここまでだな、お前たちなら心配はいらないと思うが、何かあったら俺たちを頼ってこいよ、大滝の皿をホームにしているから」
「困ったことがあったら頼らせてもらうよ」
一階のギルドホールでガイルと別れ幸雄と静那は見やすくなった依頼ボードの前へ移動する。説明で聞いた通り字が読めなくてもおおよその内容は理解できた。
「フチに色が付いていないのがありますね」
「本当だ、形式から討伐依頼だと思うけど」
角の生えた兎の絵が描かれた依頼書、報酬の金額のなどの書き方がゴブリン討伐に似ている。
「ああ、それは常時依頼だよ」
わからないことは考えるより聞いた方が早い、一階カウンターにいたベテラン感のある恰幅の良い受付嬢に話を聞くと、フチの無い依頼書は常備依頼だと教えてくれた。討伐数などは決められておらず。討伐した数だけ報酬がもらえる。
静那が見つけた角の生えた兎はホーンラビットというモンスターらしい、三羽狩れば依頼を一回達成したことになり入門者が最初のターゲットにするモンスターなのだそうだ。
「最初の依頼はこれにするか」
「そうですね、手始めには丁度いいと思います」
「ホーンラビット、それとチキンボールは一々カウンター通さなくても成果をここに持ってきてくれれば達成扱いにしてやるよ」
「それってホーンラビット九羽狩ってくれば依頼を三回達成したことに」
「ガンマの間だけわね、ベータにあがったらできなくなるよ」
幸雄たちはホーンラビットとチキンボールを狙うことにきめ、二種類の特徴を聞くと冒険者ギルドを出た。
「狩りに行く前に買い物を済ませるか」
「魅力的な提案ですが、それは帰ってきてからで、狩りにどれだけ時間がかかるかわかりませんし」
雑貨屋や洋服屋に視線を送り、振り払うように幸雄の提案を却下する静那。買い物には相当後ろ髪を引かれる思いがありそうだが、目的を優先しようと告げてくる。
目標であるホーンラビットは南門を出て南西すぐにある森の中にでるらしい。旅に必要な物は等価交換で手に入れカード化して持ち歩いているので二人はそのまま南門をでて森を目指した。
人の足でもすぐと言われるほどに近い森はアスタリオンとイグアラプターに乗って移動したらほんの十数分で到着してしまった。
「ホーンラビットは雑食の魔物で農作物の被害や角による攻撃で農作業している人たちには相当迷惑な存在だそうです。臆病ですので危険を感じると物陰に隠れるようですね」
「いつの間にそんな情報を」
「冒険者ギルドで聞けば答えてくれましたよ」
『彼女の出番ですね』
「俺も同じことを思ってた」
街中では不自然になってしまうため、会話を控えていたミネルヴァが人目がなくなったので提案をする。
「レベル7になったことで新しく召喚できるようになったモンスター、来てくれ眷属召喚【密林の狩人シビエルーチェR】」
幸雄の新カード、密林の料理人キッチンタイガーMと同じ仙忍所属のレベル7モンスター。
カードが光呼び出されたのは、健康的な赤髪と褐色の肌を持つ小柄な少女である。
「呼び出しに応じ召喚されたよご主人、狩人のシビエルーチェR、長いからルーチェって呼んで!」
背中には立派な弓、腰には草で編み込んだロープを携えた狩人ルックのルーチェが元気よく挨拶する。
「よろしくルーチェ、さっそくだけど――」
「兎狩りでしょ、話しはミネルヴァ様からだいたい聞いてるよ、任せて夕方までには十羽以上狩ってくるから!」
説明を遮られた。
目的はわかっているようなので問題はないが、調子の狂う幸雄。
「シズナさんだよね、イグアラプターを借りていい」
「え、ええ、どうぞ」
「それじゃ行ってくるね、得物の成果楽しみにしててね、二人は遊んでていいよ!!」
シルバーを召喚して貸すつもりだったが、人の話を聞かないルーチェはイグアラプターの背に跨ると森の奥へと疾走して行ってしまった。
「嵐のような人でしたね」
「まだ密林系のモンスターがいるんだけど、召喚するのが怖くなるな」
キッチンタイガーに続きシビエルーチェも癖の強い性格であった。デッキの中には、まだレベルが足りず呼べないでいるモンスターも存在する。
「遊んでてもいいと言われましたが」
『狩りはおそらく大丈夫だと思いますので、今のうちに等価交換の素材を探すのはどうですか』
「ミネルヴァの意見に賛成」
「私も異存はありません」
幸雄が想像していた狩りとは大分変わってしまったが、気持ちを切り替えて大物を狙う。幸雄は音速の伝書鳩を静那は見上げる翼竜を飛ばしてモンスターを探した。
ルーチェの召喚などでだいぶ魔力を使ってしまったので下級マジックポーションを飲んで休んでいると、伝書鳩が戻ってきた。どうやら大物を見つけたようだ。イグアラプターはルーチェに貸してしまったので魔力温存のためにももう一体召喚するのではなく、またアスタリオンに二人乗りして向かう。
森を向けひらけた草原に出る。伝書鳩はその草原の先を示した。
そして聞こえてきたのはモンスターの唸り声と人間の悲鳴である。
草原を必死に逃走するのは三人の若い冒険者、緑の穴熊の若手よりも若そうで静那と同世代くらいだろう。それを追いかけているのが巨大なイタチだ。四本の足と頭からはそれぞれ鋭い刀のような棘が生えている。
「幸雄さん!」
「わかってるしっかり掴まっていろよ」
片手で手綱を握りしめ、もう片方の手で前に座る静那の腰を抱いた幸雄はアスタリオンを全力で走らせる。微かに静那の悲鳴が聞こえた気がしたが緊急事態のため幸雄は無視した。
降りているヒマはない、逃げる冒険者たちの間に割り込むと幸雄はアスタリオンの蹴りを棘イタチへお見舞いした。
頭部の棘を折り、棘イタチを吹き飛ばす。
アスタリオンの一撃は首の骨まで折ったようで棘イタチは痙攣の後、動かなくなった。
「大丈夫か」
しりもちをつき、座り込んでいる冒険者へ幸雄が声をかける。
「ま、まだいる」
『マスター、近くにまだ気配があります。敵意接近、狙われています!』
一人の冒険者とミネルヴァの警告はほぼ同時であった。
「武装憑依【侍竜人ヒサメ】」
ローブを脱ぎ捨て肩にいた翼竜ルビーが飛び上がる。カエデの武装憑依を解除して新たにレベル6モンスター侍竜人ヒサメを武装憑依する。腰の刀が消え、代わりに薙刀と肩には日本甲冑の大袖、腕には籠手が出現する。
幸雄に迫っていた脅威を静那は薙刀で振り払う。
襲ってきたのは棘イタチ、一匹だけではなく仲間がいた。その数は二。
静那は薙刀を下段に構え二匹の棘イタチと対峙する。
「静那、手伝いは」
「この程度、手出し無用に願います」
武装憑依の影響か静那の喋りが少し侍っぽくなっていた。
「この程度って、ソーカマイタチは単体でD級モンスターだぞ、群れだとC級レベルの脅威だ」
手出し無用のセリフが信じられない若い冒険者が呆然とつぶやく。
静那を脅威と感じたらしいソーカマイタチが左右から同時攻撃をしかける。すばやい動き、並みの冒険者ならこの攻撃でズタズタにされていた。しかし静那は高速移動でソーカマイタチの攻撃をかわし二匹の頭上へと飛び上がった。
遠心力を加えた薙刀の回転斬り、そのたった一撃で二匹のソーカマイタチの首を斬り落とす。
浪竜人カエデでは不足していた攻撃力もヒサメに武装憑依できるようになって改善された。この状態の静那は一人でもサクイモズに勝てるであろう。
「お見事」
「…………」
幸雄は静那に称賛を送り、座り込んだ冒険者たちは唖然とした表情でぽかんとしている。
『マスター、血の匂いに引き付けられたモンスターが近づいてきてるようです。数体ではありません、最低でも十数体』
「彼女の華麗な薙刀さばきに見とれていた所悪いけど、ここにモンスターの群れが迫っているみたいだ」
「な、なんだって」
「まだ走れるよな、ケガもなさそうだし」
「あ、ああ、走れる」
一人が立ち上がるとつられて残りの二人も立ち上がった。
「よし、ではハルバネラまで逃げろ全速力だ」
「あんたたちは」
「せっかく得物が集まってくれたんだから、ここで狩りをしてから帰る。俺たちのことは気にするな、さぁ走れ」
俺ってこんなに好戦的な性格をしていたかなと幸雄は不思議に思いながら、若い冒険者たちの尻を叩いて逃がした。ここに居られたままでは足手まといにしかならないからだ。幸雄も近づいてくるモンスターの気配をなんとなくだが感じ取れていた。