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第1話『異世界移動と三つの能力』


 ここがどこだかわからない。

 気が付けば、知らない森の中。

 わずかばかりの太陽光が差し込む薄暗い森。

 舗装された道などなく、ひざ下までが草に沈んでいる。


「いったいどこなんだ?」


 19歳の新人社会人真田幸雄は混乱していた。最後の記憶は部屋でトレーディングカードゲーム(以後TCG)『スラッシュ・ザ・レギオン』のデッキを作っていたはずだ。それなのにどうして幸雄は部屋着であるジャージ姿のままこんなところにいるのだろうか。


「デッキを作っている間に寝落ちしたか?」


 これは夢だと思いたい。

 だけど頬にあたる冷たい風や森の木々のにおいが、これは夢じゃないと主張している。

 そして手の中には最後に調整していたデッキが握られていた。


 TCG『スラッシュ・ザ・レギオン』。モンスターを召喚して戦う二人対戦用の典型的なカードゲーム。カードがランダムに入ったパックを買って好きなカードでデッキを作る。シンプルなルールとキレイな絵柄が未経験者の興味も引き、TCGの裾野を広げた人気タイトルの一つになっている。


 TCG上級者からはルールが単純すぎると一部で不評もあった。幸雄自身もルールが単純だなと思いながらも、好きなイラストレーターが参加していたので片手間にやってみるかと購入してみたら、みごとに沼にはまってショップ大会上位の常連にまでなっていた。


「ここはどこなんだ、あしたは義妹の買い物に付き合って、そのあとショップ大会もあるんだけどな……」


 握りしめたカードデッキを見ながら現実逃避をしていると。


『ここは六境世界(ろっきょうせかい)ストラリア、マスターからしたら異世界になりますね』

「だ、誰だ!?」


 周囲には人影がないのにいきなり声をかけられた。あわてて後ろを振り向くがそこにも誰もいない。


『驚かせてごめんなさい、私はあなたの手の中にいます』

「手の中って、まさか」


 手にはデッキしかない。


 恐る恐る確認するとデッキの一番上のカードが輝いていた。ゆっくりとカードをめくってみるとそれは『スラッシュ・ザ・レギオン』のなかでも最高レア、ゴッドレアの『聖界聖域の聖女ミネルヴァ』であった。


 白と青のワンピースドレスをまとい長く流れるストレートな金色の髪に空の色のような青い瞳、背中には太陽の光でできたような輝く翼。幸雄のもっともお気に入りのカードである。このカードがあったからこそ幸雄がこのTCGを買ったと言っても過言じゃない、このカードを当てるために、そしてこのカードを軸にデッキを作るために給料一ヵ月分の半分以上をつぎ込んでいた。


「もしかして」

『はい、話しかけているのは私です』


 聞く者を癒してくれるその美しい声に幸雄は感動のあまり涙がでてきた。まさかカードと会話できる日がくるとは、妄想を幾度かしたことはあったが、まさかそれが実現するなんて。


『落ち着いてくださいマスター、突然の事態に混乱するのはわかりますが、今はゆっくりと話している時間はありません。敵意あるモノが近づいてきています』

「敵意?」


 それが何かを聞く前に幸雄の耳にも草木をかき分け何かが接近してくる音が届いた。


「ギギィ」


 それは焦げ茶色の体を持つ体長一メートルほどの小鬼であった。ファンタジー物の定番であるゴブリンだ。ばっちり目が合った幸雄はひざが震え動けなくなる。


 ゴブリンの体格は身長百七十の幸雄よりだいぶ小さいのに、大きく開いた口のギザギザの歯だけで平和な日本で生活していた人間に恐怖を与えるには十分すぎる。


『マスター、デッキの一番下のカードを抜いて召喚してください!』


 幸雄は深く考える余裕はなかった。いわれるがままにデッキの一番下のカードを引き抜くと、口が勝手に動いていた。


眷属召喚(コール・レギオン)・墓守犬シルバー」


 墓を守る犬が描かれているカードが光り、全身からごっそり気力が抜き取られ、銀色の毛を持つ絵柄そっくりの大型犬が姿を現した。


『シルバー、マスターを守ってください』


 ミネルヴァの指示を了承するように一鳴きしたシルバーは鋭い牙をむき出しゴブリンへと襲い掛かる。突然に表れたシルバーに驚いたゴブリンは抵抗する暇もなく前足の一撃で倒された。


『ありがとうシルバー、よくやってくれました』


 言葉が理解できるようで墓守犬シルバーは、一鳴きするとまた光りカードとなって吸い寄せられるようにデッキに戻る。すると召喚する時に抜き取られた気力が幸雄の体に戻ってきた。


「カードのモンスターが召喚された。俺がやったのか」

『そうです。異世界転移の際にマスターが獲得した三つのスキルのうちの一つです』

「異世界転移だって」


 スキル三つも気になった幸雄だがそれよりも異世界転移のほうが大問題だ。


『はい、マスターがデッキ調整していたときに並べたカードの配置が異世界転移の魔法陣に偶然なってしまい、また偶然にもマスターの家が地脈の上にありまして、異世界へと繋がる道を開くだけのエネルギーが魔法陣に注がれてしまいました』

「それで、世界を超えてしまったと」

『はい』

「ずいぶんと簡単に異世界って移動できるんだな」


 世界を超えた原因を聞いた幸雄の感想はこれであった。


「それじゃ、また同じようにカードを並べたら元の世界に帰れのか」

『魔法陣は作れますが、作動させるためのエネルギーを得るのは難しいです』

「地脈を見つければいいんじゃないのか?」

『マスターは地脈を感じることができますか』

「えっと、ミネルヴァさんはできないんですか」

『ミネルヴァと呼び捨てにしてくださいマスター。地脈が活性化すれば感じ取ることはできますが、普段の非活性な状態の地脈を探す能力は私にはありません』


 それはつまり幸雄が元の世界に帰るのは非常に難しいということだ。


「帰れないのか」

『マスターこの六境世界ストラリアには魔法が存在します。魔法使いの中には地脈を探すことのできる人物がいる可能性もありますので、気を落とさずに』


 魔法が存在する世界。

 わくわくしている自分がいることを否定できない幸雄、だが、異世界で活躍するのはゲームや漫画の中だけで十分、スマフォやネットがあり二十四時間のコンビニがある日本に帰りたいと強く想う。


「そういえば、スキルを三つ獲得したとかって」

『はい、一つは先ほど使用した。カードモンスターを召喚する眷属召喚です』


 デッキに収まった墓守犬シルバーのカードを取り出してみる。書かれている絵柄は間違いなくさきほどゴブリンを倒した大型犬だ。


「もしかしてミネルヴァも召喚できるのか」

『はい、できますよ』


 よし、と幸雄は心の中で大きくガッツポーズをした。シルバーを召喚してから、少しだけ期待していた。一番のお気に入りカードのミネルヴァを召喚できるのではないかと。


『マスターのレベルがあがり魔力を高めれば高位のカードも召喚可能です』

「へ、今はできないの」

『残念ながら、デッキを裏返しステータスと唱えてください』

「ステータス」


 言われたとおりに唱えてみれば、デッキに幸雄のステータスが浮かび上がった。


【真田幸雄/レベル2:魔力4】


 と、とてもシンプルに表示される。


『今のマスターではレベル2のカードまでしか召喚できません』


 墓守犬シルバーはレベル1のカードであったから召喚できた。召喚時、気力が全身から抜け落ちかなり疲れた。レベル1の召喚であれならレベル16のミネルヴァを召喚などしたら幸雄の心臓が止まってしまうかもしれない。


「どうやれば、レベルは上がるんだ。やっぱりモンスターとかを倒すのか」

『それが一番効果的ですね』


 レベルが2なのはゴブリンを倒したからなのか。


「ミネルヴァを召喚するにはレベル16にならないといけないのか、道は長そうだな」


 低いうちは簡単に上がっても、レベルが上がるにつれて成長が遅くなるのはゲームだとお約束。


『そうでもありませんよ、マスターなら効率のいい方法があります。シルバーが倒したゴブリンに手を掲げて唱えてください「トレーディング」と』

「トレーディング」


 するとゴブリンの死骸が薄い緑色の光を放ちカードへと姿を変えた。


『これがマスターの二つ目の能力『対象札化(トレーディング)』です。マスターが倒したモンスターや所有するアイテムをカード化することができます』

「【倒したゴブリン/ランクF】備考、特になし」


 ゴブリンカードは『スラッシュ・ザ・レギオン』のカードに似ていたが情報量がすくなかった。

 内容はデフォルメされた倒したゴブリンのイラストと、カードのタイトルに、カードランク、そして備考に特になしの記述の四つだけである。


『トレーディングでカード化したカードには7段階のランクがあります。Sランクが一番高くA、B、C、D、Eと続いて一番下位がFランクとなります』


 つまり倒したゴブリンは一番下のランク。


『素材になる魔物でしたら街へ持っていけば買取もしてくれますが、ゴブリンは買い取ってもらえる素材は取れませんので、マスターの三つ目のスキルの材料にしましょう』

「三つ目のスキルはどんなのなんだ」


 カードを召喚できる『眷属召喚』。倒した魔物をカード化できる『対象札化』。最後はいったいどんな能力なのだろうか、幸雄は異世界にいることも忘れてミネルヴァの説明をわくわくしながら待つ。

自粛中に書き溜め、久しぶりの投稿

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