第1話:監禁
夕方の六時頃、大橋八郎の母親である大橋園子が仲中に電話を掛けた。
「あのう、すみません、大橋八郎の母ですが・・・」
「なんでしょうか?」
「うちの八郎、まだ帰ってないんですが、学校には居るでしょうか・・・」
「少しお待ちください。」
二分程、沈黙が続いた。
「八郎君は、今日は休みだった筈ですよ」
「ええ?今日の朝、送っていったのに?」
「ですが・・・学校には来ていません」
「何故ですか?寄り道しているのかしら。あっそうだ、日比谷君は来ていましたか?」
「少しお待ちください。」
再び沈黙が続く。
「日比谷君も来ていないようです」
「じゃあ、登校中に何かあったのかしら・・・日比谷君と一緒に登校した筈だから。失礼しました・・・」
園子は電話を切り、片足で小さく足踏みした。
「ああもう、八郎はどこに行ったのかしら・・・」
「お母さん、どうしたの?」
「あら、二郎。実はね、八郎が居ないの」
「どういうこと?」
「八郎、学校に行った筈なのに、今日は来なかったんだって」
「お兄ちゃん、遊ぼ遊ぼ」
「ちょっと待っててね、すぐ行くからね、部屋に戻っててね、十郎。・・・そりゃあおかしいなあ。どっか行ってるんじゃないの」
「それがね、一緒に登校した日比谷君も居ないんだって」
「じゃあ、二人でどっか行ったんでしょ」
「でも、もうこんな時間だし・・・」
園子は、不安そうに時計を眺めた。
「どうでもいいよ。・・・そうだ、十郎と遊んでやらなきゃ。やれやれ・・・」
「もう、お兄ちゃんなのに・・・困ったこと。とりあえず、もうちょっと待ってみましょ。」
だが、九時になっても、十時になっても、八郎は帰ってこなかった。
その日の午前八時頃、西田駐車場を借りている一人の男が困っていた。西田駐車場とは、八郎たちが連れ込まれた駐車場の名前である。
「あれ・・・なんでシャッターが閉まっているんだ?」
シャッターには、「ただいま休止中、入ってきたら解約」という張り紙がしてある。
「困ったなあ・・・早くしないと・・・」
男の名前は瀬谷石男。五年以上前からここの駐車場を借りている。
「仕方ない。路上駐車しよう。」
瀬谷は車に戻っていった。
西田駐車場の中は、大変なことになっていた。防音シートが壁に敷き詰められ、たくさんの大人たちが二人の少年を殴っている。
「もう、これくらい殴ったら十分だろ。」
「よし、縛って端っこに置いておけ。」
「オーケー、リーダー。」
大人たちの中の一人が、二人の少年を縛っている。この二人の少年とは、八郎と正樹のことである。二人の目は閉じていて、体には傷だらけ、生きているかどうかすらわからない。
「ちょっと、こんなにやっちゃって大丈夫すか。」
こう言ったのは、山谷という赤色の髪の毛をした男だ。
「ふん。俺たちは、もう五人もやったんだ。がき二人くらいどうってことない。」
「いや、こんな目立ちそうなところでやったら、見つかりやすくありやせんか。いくら防音シートを張ったって、少しくらい音が漏れそうっすが。」
「お前の声の方がでかいよ。」
リーダーが山谷の頭を叩いた。
「いてて・・・すいやせん。」
そのとき、八郎がむっくりと起き上がった。体に巻かれている縄から手を出して、傍にある鉄パイプの山から一つ、太そうなのを引き抜いた。真っ暗なので、大人たちは気づいていない。
「卑怯な大人は、死んじまええ!」
八郎は、大人たちの居るとおぼわしきところを片っ端から殴った。悲鳴と、倒れる音が聞こえる。
「な、なんだなんだ!」
リーダーが叫んだ。だが、それに答える者は誰も居ない。
「おい、誰か暴れているのか。返事をしろ!」
「はあい、暴れてまあす。あなたもやっちゃうね」
八郎は、リーダーの声の発信源を殴った。手ごたえがある。やったか・・・。
「ふふふ・・・。まだまだヒヨッコですねえ。この俺を倒せるとでも思ったか!」
リーダーは、八郎の持っている鉄パイプを奪った。それで、八郎の腋や股間を殴る。
「ううう、いてっ。痛い、痛い・・・」
「どうだ、どうだ、どうだ。」
そのとき、大きな金属音が響いた。
「やられた・・・」
リーダーが床に倒れ掛かる。
「おお、正樹、よくやったな。」
「朝ごはんに食べた、納豆ご飯がよかったみたいだね。」
「ふふふ、俺を倒したと思って油断するなよ。ここには、外側から鍵が掛かっている。逃げ出せはしない・・・」
「こんなボロシャッター、余裕で壊してやるぜ。納豆ご飯パワーでな!」
正樹がシャッターをとび蹴りした。しかし、シャッターは音をたてるだけで、びくともしない。
「あれ・・・?意外に強いなあ・・・。もういっちょ!そりゃあ!」
正樹はもう一度飛び蹴りをした。しかし、やはりびくともしない。
「おい、八郎。二人で蹴ろうぜ」
「いいぜ。やってやろうじゃんか」
正樹と八郎は、同時に飛び蹴りをした。だが、さっきと同じように音が響くだけである。
「結構頑丈だなあ・・・。おっ、そうだ。」
正樹はおもむろに落ちていた鉄パイプを拾い上げ、それでシャッターを殴った。けれでも、少し傷がついただけで壊れる様子はない。
「傷がついたぞ。何回も繰り返せば、壊れるかもしれない」
だが、残念なことに、十回繰り返しても、百回繰り返しても、壊れなかった。
「駄目だ・・・。やっぱり閉じ込められている。どうやって脱出しよう・・・」