プロローグ(4)
休み時間終わりのチャイムがなると、えらく背の高い人が入ってきた。
「ええ、白井先生は体調を崩されたので、今日は私が担任をします。ええ、私の名前は、長田良田といいます。まあね、下の名前が苗字みたいでちょっと変わってますけどね、宜しくお願いします。一年二組の副担任で、体育教師をやらせてもらっています。ええそれと、大橋、山田、中山、石橋、寺沢、糠山、長谷川、日比谷、西田、森山、ちょっと来い。」
長田が廊下へと手招きした。八郎たちは言われるがままに出ていく。
「お前ら、さっき何したかちょっと言ってみろ」
「息と瞬きをしていました。それと、手もちょっと動かしていたし、頭を掻いたりしました。」
「僕も息と瞬きをしていました。他は何したっけなあ・・・」
「僕も山田君と同じです。」
皆、八郎に続いて同じような返事をした。
「おい、ふざけんな!」
長田が大橋をビンタした。
「お前ら全員、白井先生を殴っただろうが!」
長田の声が廊下に響く。
「・・・え・・・」
八郎たちはとぼけたような顔をしている。
「はは、先生、冗談はやめてくださいよ。そんなことするわけが・・・」
長田が、今度は浩二をビンタした。
「ちょっと、何するんですか。『殴っただろうが!』と怒っているくせに、なんで僕らを殴るんですか。先生なら何してもいいんですか」
長田が再び浩二をビンタする。
「おいおい、やりすぎだろ長田。ちょっと失礼するぜ」
八郎が長田に両手でビンタした。
「先生をビンタするなんて、お前は最低だ!」
「生徒をビンタするなんて、お前は最低だ!」
創が言い返す。
「もうお前らなんか知らん!退学だ、退学」
「あれ、義務教育って知らないんですか。私立ならともかく、ここは公立ですよ。公立中学が生徒を退学なんてさせていいんですか。」
「うるさい!どうせタバコとか吸っているくせに。」
「・・・ええ。タバコなんて吸ったことないんだけど」
「あんな臭いもの、吸えるかよ」
「嘘ばっか言うんだな。ほら吹き野郎」
「薬もやっているんだろう」
「何こいつ」
「でたらめばっか言ってんじゃねえ!」
浩二が長田の股間を蹴った。浩二の体重は六十キロもあるので、相当な力がかかっただろう。長田は股間を両手でおさえた。
「いてててて・・・もう手に負えない。校長室まで来い。」
長田は進吾の両手を左手持ち、引っ張っていった。
「お、おい、寺沢だけ連行されたぜ」
「解放してやらなきゃ、かわいそうだ」
八郎は下駄箱からスパイク付きの自分の靴を取り出し、後ろからこっそり長田の左手をそれで殴った。
「いってええ!」
長田の左手から血が出ている。長田は左手を右手でおさえた。
「学校にスパイク付きの靴を持ってきてはいけない筈だ!しかも、それで先生を殴るなんてとんでもない奴だ。もう怒った。本当に退学させてやるからな!」
長田は走って階段の方まで逃げていった。
「長田も逃げやがった」
「この学校は、へぼ教師が多いぜ。那賀小の教師どもなんか、すごかったよな」
「なあ」
八郎たちは顔を合わせる。
「教室へ戻ろうぜ」
八郎たちが教室へ入ると、中の生徒たちは軽蔑するような目でこちらを見つめた。さっきの騒ぎを聞いていたのだろうか。
結局、一年二組だけ何の説明もなしに今日の授業が終わってしまった。他の生徒たちが帰って行ったようなので、不良たちは帰っていった。だが、まともな生徒たちはなんとなく帰ってはいけない気がして、帰ろうとはしなかった。
下校予定時刻を三十分ほど過ぎた頃、石林に白井、長田が入ってきた。白井が口を開く。
「十人ほど居ないな・・・。ええ、みなさん、今日はご迷惑をおかけしました。今日お知らせ出来なかったことは、また始業式に言います。ええ、今日このようなことが起こったのは、ある生徒たちのせいです。その生徒たちとは、大橋、山田、中山、石橋、寺沢、糠山、長谷川、日比谷、西田、森山のことです。ええ、この生徒たちは著しい校則違反をしたので、先生たちが処理しようとしましたが、処理しきれませんでした。ええ、誠にすみませんでした。」
やたらと「ええ」をつけた喋り方である。
「まあ、あいつらは退学するから、安心しとけ。」
長田が言った。
「では、みなさんもう帰ってもいいです。始業式にも、また元気に登校してください。それでは、さようなら!」
石林が大袈裟に挨拶した。生徒たちは、ろくに挨拶もせずとぼとぼと教室を出て行った。何時間も座りっぱなしだったのだから、相当疲労困憊しているのだろう。
「おい!お前ら!挨拶せんか!座れ座れ!」
長田が茶々を入れる。
「さようなら!」
「さようなら・・・」
生徒たちはやっと帰ることが出来た。
その後の職員会議ではこんな会話がなされていた。
「しかし、那賀小の奴らには困ったもんですねえ。」
「本当だ。俺なんか、こんなに怪我をさせられてしまった。」
長田が、立って左手を教師たちに見せた。
「うわあ・・・」
「ひどい・・・」
教師たちがざわめく。
「でも、那賀小にだっていい子は少なからず居るでしょう。それなのに『那賀小の奴ら』なんて言ったらその子たちがかわいそうよ。」
こう言ったのは、西原京子という若い女の先生だ。
「那賀小の奴らにいい奴なんて居ない!」
白井が机を叩く。
「でも、ほら、山本君でしたっけ、あの子は真面目でしょう?それに、能登田さんって人も、おしとやかでしたよ。」
「山本は、ただの花粉バカだ。先生が話をしているときにも、くしゃみをしていた。人間として終わっている。能登田も貧乏で最低な奴だ。」
白井が得意気に言った。
「最低なのはあなたですよ!」
西原が白井を指差した。
「貧乏だからって差別するんじゃありません!くしゃみが出るのも、山本君のせいじゃないでしょう!あなたには、教師をする権利なんてありません!さっさと辞めてもらいたいですわ。」
「辞めてもらいたいのはあなただ。上の立場である白井先生に向かってそんなことを言うなんて。」
長田が言った。
「立場なんて関係ありません!」
「ええい、うるさいうるさい黙れ黙れ!しゃくに障る!今日の職員会議はこれで終わりだ!各自、勝手に帰れ!」
石林はそう言うとそそくさと職員室から出て行った。