プロローグ(3)
再び、チャイムがなった。すぐに白井が教室に入ってくる。
「ええ、朝の号令をしましょう。起立!」
生徒が一斉に立った。入学式を終えたばかりだというのに、もう普段どおりのやり方である。
「おほよおございまあす!」
「おはようございます!」
どうも、白井は言い方がぎこちない。
「なあ、白井の挨拶きもくねえ?」
八郎が前に居る寺沢進吾に話しかけた。進吾もじゅうぶんな不良なので、相槌をうった。
「そうだな、なんか『おほよう』って言っているよな」
「おい、ちょっと白井の髪の毛見てみろよ。」
八郎はどうも会話が下手糞だ。
「うお、名前の通り白い毛がいっぱいある」
「だろ?」
「老けるの早すぎ」
「はあい、じゃあとりあえず始業式の時の『喜びの言葉』を言う人を決めます。ええ、やりたい人は手を挙げてください。」
白井がかなり大きな声で言った。
(お、いいこと思いついたぞ。これで、始業式を・・・ふふふっ。)
八郎は、心の中で怪しげなことを考えながら、手を挙げた。
「ほうほう、大橋のくせにやるのか・・・」
「先生、そんなこと言うのは失礼です!」
川上祐子が大声で言った。祐子は、四条小出身である。
「そうか、すまんな。」
白井は八郎に向かってではなく、祐子に向かって言った。
(ちっ、あの教師、女好きだな。すけべめ。)
八郎が、心の中で言った。
「ええ、じゃあ、喜びの言葉係は大橋に決まりな。次は、国際交流委員を決めます。この学校は、大変に国際交流が盛んです。お隣の国、韓国との交流は特に盛んで、国際交流委員の人は毎月韓国に行ったり、自宅に韓国の中学生をホームステイしたりします。韓国だけじゃなく、中国やアメリカにもたまにいくぞ。誰か、やりたい人は?」
誰も手を挙げようとしない。流石に、韓国に毎月行こうなどと思う海外旅行好きは居ないのだろう。
「えー、居なかったら、推薦で決めます。」
その時、教室が騒がしくなった。
「ええ、僕、海外なんか行きたくないよ。」
「韓国やアメリカには行ってみたいけれど、私の家は、ホームステイできるほどの広さの家じゃありませえん。だから出来ないよお」
「俺、外国になんか行きたくねえ。だいいち、治安が悪すぎる。」
創が大声で言った。
「うるせえ!静かにしろ!」
白井が怒った。物凄い形相なので、生徒達は怖気づいて喋るのをやめた。
「あのなあ、お前らなあ、文句言い過ぎなんじゃ!心ん中で喋れ!心ん中で!」
「お前の方がうるせえ!俺らの自由にしろ!言論の自由があるって憲法で定められているの知らねえのか!」
浩二も、負けじと怒る。白井はすっかり小さくなってしまった。
「・・・とにかく、誰かにやってもらわないと困る。俺が勝手に当てるぞ。嫌だとか言うなよ。お前だ!」
白井は、能登田絵里を指差した。
「お前は、貧乏で勉強なんて出来ないから、忙しい国際交流委員にぴったりだ。」
あまりに酷い言葉に、絵里は泣き出してしまった。
「おい、今なんつった!」
進吾が言う。
「もう、こいつ許せねえ。あったまきた。もう限界だ」
八郎は白井を殴った。
「先生を殴るなんて、とんでもない奴だ!お前は、次の休み時間に職員室へ来い!」
「うるせえ、ボケ!お前は教師として最低だ!人間としても最低だ!」
「そうだそうだ!」
他の不良たちも、八郎と一緒になって白井を殴る。白井の顔が膨れ上がった。涙と鼻水でぐちょぐちょである。
「わ、悪かった、ごめん、謝るよ・・・すまんな、能登田。」
「おい、なんだその態度は!『すみませんでした、能登田様。』だろ!」
進吾が、白井の背中をぐいと押した。
「すみませんでした、能登田様。」
白井はそう言うと、そそくさと教室から出て行ってしまった。
「へん、自分がちょっとでもやられたら、逃げるのか。ちっちゃい教師だな。」
「白井って泣き虫なんだな。呆れるぜ。」
そのまま、時間がすぎていった。チャイムがなったが、白井は戻ってこなかった。