第11話:一泊移住 二日目(1)『虫カレー作戦』
体育館へ行くと、教師たちの他に何人かの警察官、それに窪田がいた。
「子供たちは、どこへ行っちゃったんでしょうねえ・・・あっ!」
「ん?どうしたんですか?長田先生。」
「あいつらだ・・・生徒たちだ!おいお前ら!何してた!」
長田がすごい剣幕で怒鳴る。
「何してたって・・・僕もよくわからないんですけれど・・・」
「とぼけるな!お前たちがやったんだろう!」
「何が?何をですか?」
「この騒ぎを起こしたのは、お前たちに決まっている。それ以外ありえない。ああ絶対にそうだ!」
「えええ、僕たちだってびっくりしたんですよ。それなのに、犯人と決め付けられても・・・」
「その言い草からして明らかに怪しい。」
(まずいな・・・ばれているかもしれん)
八郎は生唾を飲み込んだ。
「他の生徒たちはどこにいるんだ!」
「ハイキング道です。朝起きたら、ハイキング道に居て、他のみんなも居ました。」
「よし、ハイキング道だな。お前らもついてこい。」
長田はすぐに生徒を見つけた。そして怒鳴り散らしたあと、青少年の家に戻された。
「しかし、あいつらがやっていないとなると、一体どういうことなのだろう・・・幽霊なのか?はたまた噂の神隠しなのか?いや、そんなことはない。きっと、あいつらのはずだ・・・。」
「結局、そこまで大きな騒ぎにもならなかったな。教師たちはびっくらこいたみたいだけれど・・・」
「確かになあ。あれだけ作戦を練っておいても、これじゃあなあ。一泊移住中止、とかになればよかったのに。」
八郎たちは、朝食を食べながら愚痴を言い合っていた。
「しっ。声がでかい。もう少し小さい声で喋れ。」
「すまん。」
「いいこと思いついたぞ。」
「なんだ?」
「今日、野外炊飯があるだろう。」
「ああ、プログラムはまだあったな。」
「それを、めちゃくちゃにしてやるんだ。」
「どうやって?」
「カレーを作るだろ。カレー鍋に、虫や木やゴミを入れてやるんだ。細かく切って。」
「なるほど、それでバカどもや教師はそれに気がつかずに虫ゴミカレーをほおばるってか。八郎は本当に閃きがいいなあ。羨ましいぜ」
「へへ、それほどでもないぜ。でな、それだけじゃ面白くないだろ。それでだ・・・」
八郎は小さな声で何かを呟いた。
「火事をおこしちゃう?それはさすがに危険すぎじゃないか。」
「万が一、大火事になったらどうする。クソババアどもが金をせびられて、生活が苦しくなるぜ。」
「大火事になったら尚更いい。もし金をせびられても、俺はやってないと言えばいいだけだ。」
「俺はおりるね。」
「どうしてだ?紀夫。」
紀夫は腕組みして椅子にもたれようとしたが、あいにく背もたれがないので倒れてしまった。
「いててて・・・」
「ぷぷぷ、どじだなあ。それで?」
「だって、いくらなんでもそれは怖すぎるぜ。だからやりたくない。」
「ほうほう、じゃあ俺たちの仲間から外れて、これから三年間一人ぼっちでいいんだな?」
「え、そんなペナルティがあるの?」
「もちろんさ。それで、どうするんだ?」
「しかたがねえ、やるよ。」
「それでいいんだ。」
朝食が終わると、すぐに野外炊飯となった。まだ朝なのに昼食を作るのはおかしい気がするが、それだけ時間がかかるのだろう。
「とりあえず、虫捕まえにいくぞ」
「教師にばれないか?」
「こっそり行け。見つかったら『トイレですう』とでも言っておけばいい」
森の中なので、すぐそばに虫は居た。かぶと虫にガ、カメムシやハチなども居る。そいつらを予備の服を使って捕まえる。そして、包丁で切り刻み、まとめていく。
「おい、大橋の班は、まだ材料を切ってもいないじゃないか。早くしないと、出来上がらないぞ。ん?なんだその黒ずみは。」
「え、えっと、カレー鍋をのせるこんろ?だっけ・・・かなんかに落としてしまった、材料です。」
「ほう。どうりで黒いわけだ。へまをすると、材料が無くなってしまうかもしれないから、気をつけて作業しろよ。」
「はい。」
長田は他の場所へと行った。
「ふう、危なかった。」
「あいつらの気を他のものに反らそうぜ。たとえば、『青少年の家が火事だ!』とか。」
八郎が「火事だ!」の部分を大きな声で言ってしまったため、他の奴らは動揺した。
「火事?!どこが燃えているんだ?!」
「大橋の班のミスか?!」
人の声が飛び交っている。
「ぷぷぷ、あいつらバカじゃねえの。本当だと思っているぜ。この隙に、さっさと虫を切っちゃおう。」
八郎たちはせっせと虫を切り刻みはじめた。いつのまにか火事騒ぎはなくなっていた。嘘だと気づいたのだろう。
「こりゃあぐろい見た目だな。吐き気がするぜ、おえっ」
それでも、どうにか切り終えたころには、カレーの匂いがただよってきていた。
「じゃあ、投入だ。まず、鍋を見ている奴の気をそらさなきゃ。浩二、頼む。」
「オッケー」
浩二はまず隣の班のカレー鍋に寄る。
「うわあ、おいしそうだなあ・・・」
浩二のよだれがだらだらと鍋に入る。
「ちょ、ちょっと、やめてよお!」
翔太が怒る。そこで八郎がどぼどぼと虫の塊を鍋に入れた。侑也は、この行為をこっそり目撃していた。
八郎たちがどこかへ行ってから、侑也は班のみんなに伝えた。
「あの鍋に、大橋っていう人が虫を入れたから、食べないほうがいいと思うよ。」
「なんだって?!つくづく不良なんだね、あの人。」
「ただでさえよだれが入っているんだから、食べるわけないよ。」
翔太がカレーの鍋に目をやった。ところどころ黒い塊が浮かんでいる。
「ようし、これで全部投入し終えたぜ。もうカレーは諦めて、あいつらが『おいしい!』とか言いながら虫カレーを食べているところを眺めようぜ。」
「あれ、木とゴミは入れた?」
「もちろん。虫に混ぜておいたし」
「でも、腹減ったなあ」
「これが終わったらもう帰るんだし、夕飯までの辛抱だ。腹がすいてすいてすききったときに食べる飯は最高なんだぜ」
八郎は舌なめずりをする。
「へえ、それ初めて聞いたよ。こんどやってみよ。って、もう今日出来るんだっけか」
浩二が腹をさすった。
「はあい、じゃあ飯盒炊爨は終わり。食べますよお」
白井の声が聞こえる。いよいよこの時間がやってきた。
「飯盒炊爨?野外炊飯って言ってなかったっけ?」
「教師って適当だからな。」
「なあなあ、飯盒炊爨って何?」
「まげわっぱの飯盒型って知ってるか?あれみたいな奴。」
「よくわかんねえ・・・」
「まあわかんなくても、将来困ることはないだろうし、いいじゃん。」
「そっか。いいや」
「お、おい、優等生ぶり班の奴ら、白飯しか食ってねえぜ。」
「もしかして、気づいたのかな?」
「あ、でも他の奴らは食っているぞ!」
「やった、成功だ。ざまあみろ、食中毒でもおこしやがれ」
だが、ここで殆どの生徒は異変に気づいた。
「あれ?なんかこれ、妙に苦くてまずい・・・」
「灰が入ったんだろ」
「いや、それ以上の、なんともいえない、ドロドロしたような・・・」
「キャー!」
あちこちで叫び声が聞こえる。虫とはわかっていないようだが、何かおかしいことには気づいたらしい。
「あああ、かわいそう。」
侑也が言った。
「教えてあげたらよかったね。」
「そんなことしたら、不良に見つかっていじめられるぞ。他の奴なんか、どうでもいいんだよ。どうせあと三年で終わりだし」
「ううん、それも一理ある」
「お、おい、お前らどうしたんだ!」
教師が口ぐちに叫んでいる。こいつらは、まだ手をつけていかなったようだ。
「先生!なんかすごくまずいんです!苦いんです!」
「ははは、そりゃあ作るのに失敗したんだな。」
「いや、絶対に違います。失敗したとしても、こんなに変な味がするわけがありません。毒でも入っているんじゃないんですか?」
「ううん、その可能性もあるが・・・まあ滅多なことではないし、やっぱり失敗しただけだろう。安心して食べなさい。いや、食べなくてもいいが」
「どうしよう、本当に毒だとしたら・・・」
「ああ、僕たち、もうちょっと長く生きていたかったな。」
「ふふ、あいつらめちゃくちゃ言っているぜ。」
「最高だなあ」
「今度は大成功だな」
「前の作戦があまりぱっとしなかった分、感動はひとしおだな」
「ううん、でも、俺、カレー、食べたかったな。」
浩二が唇に指をあてた。
「さっき言っただろ。腹がすきまくったときに食べる飯はうまいって。」