第9話:一泊移住 一日目(3)『神隠し作戦』
長らく更新していませんでした。読者の方にはお詫び申し上げます。
八郎はかなり走ったような気がする。けれども、道はまだ出てこない。先回りしたように思えて、実は道を外れていただけではないのだろうか。しかし、戻るのもまた億劫なので、そのまま進むことにした。
何か気配がする。うねっとしたものが八郎の前を通った。蛇であった。しかし、そんなことでへこたれる八郎ではない。
「あ、こいつかっちょいい色してやがんな。みんなに見せよう」
そう言って蛇を持ち、今来たところを戻ろうとする。だが、そこで蛇が噛み付いてきた。
「いててて・・・」
かまれた部分が赤く腫れ上がっている。
「これはやばいかも。絆創膏を貼らなくちゃ」
しかし、絆創膏など持ってきているはずも無い。
「こいつ・・・」
かっこいいと思ったはずの蛇が、だんだん憎い奴に思えてきた。噛まれたところの痛みが、大きくなっていく。八郎は、おもむろに万能ナイフをリュックから取り出し、蛇を真っ二つにした。万能ナイフはクラフトのためのものである。
「やった。」
蛇は切られても尚うごめいている。見るからに気味が悪い。八郎は蛇を落ち葉に埋めて、ハイキング道へ戻っていった。
その頃、雄一は生物殺しに勤しんでいた。八郎のように腹が立ったからではなく、たたたんに面白いからである。
「おいおい、やめろよ・・・」
「いいじゃんか。切られてんのに動いてたりして。面白いから、お前もやれ」
「いいよ、俺はよしとく」
「ノリ悪いなあ。友達やめんぞ」
「別に構わないよ。生き物を殺すより、幾分ましさ」
「けっ。どいつもこいつも・・・不良になりたいくせに、悪いことしようとするのはそのうちごくわずかなんだよなあ・・・那賀の頃は、もっと悪さしてたのに。」
悪いことをする奴が減ったのは、教師が怖くなって、怒られたくないというのが増えたのと、教師に嫌われると三年生のときに内申書を悪くつけられるかもしれないと思うのがこれまた増えたからである。だが、今教師の姿は見当たらない。ちょっとくらい悪戯したって、平気だろう。
雄一の通ってきた道の後ろは、生物の死骸だらけで、見るも無残だ。
「へへ、これで女どもも気味悪がるぜ。」
二つ目の難関がやってきた。比較的緩やかな崖に、ロープだの登り棒だのがついていて、アスレチックのように登っていく。これまたご丁寧に面倒くさいものをつけてくれたものだ。
「うわ、なんだこりゃ。」
創は手を見た。ねばねばである。変な液体が、ロープの端っこについているのだ。
「いやなところだな・・・本当に難関だぜ。」
ロープの配置がいやらしく、確かに難関だ。
四つ目の難関、つるつる坂道登りを終えると、やっとのことで本当の頂上に辿り着いた。時刻は午後一時をまわっていて、みんな腹ぺこだ。
長田は、弁当箱をあけて、愕然とした。中身がぐちゃぐちゃに混ざっている。崖から落ちたときの衝撃でこのようになってしまったようだ。残飯のようなこの塊を食べるわけにもいかず、我慢してゴミ箱に捨てた。その様子を見ていた八郎は、こっそりガッツポーズをした。
下山は、思いのほかつらかったものの、なんとか宿舎に到着。やっと部屋でゆっくり過ごせる時間がやってきた。
部屋のメンバーは自由に決められることができたため、八郎は創たちと一緒であった。
「おいおい、お前らちょっとこいよ。」
八郎は四つある二段ベッドのうち一つの上である。
「なんだ?また何か企んでいるのか。」
「そのとおり。教師たちをびっくりさせる、大作戦さ。ネーミングは、『一斉神隠し』!」
「ふうん。なんか、語呂がおかしいような気がするけれど、面白そうだね。教師を神隠しするの?」
「いや、違う。ああ、でもそれもいいな。よし!両方やっちゃおう。」
「早く内容を教えてくれよ。」
「内容は無いよう」
八郎はギャグを言ったつもりだったが、誰にもうけなかった。
「ふざけずに!」
「はいはい。えっとなあ、教師どもが寝ている間に俺たち生徒が、青少年の家から逃げ出して、教師が目覚めるとこりゃびっくり!生徒の部屋がもぬけのからじゃないですか!というわけだ」
「俺たちはいいとして、優等生ぶってる奴らとか女子はどうするんだ?」
「ぐうすかぐうすか寝ているところを、こっそり運び出す。」
「そんなこと出来るのかあ?」
「やってみないとわからない。」
「けれども、教師は夜中ずっと起きてみんなを見張っているよ。」
「仮眠の時間が二時間くらいある筈だ。小学校のときの修学旅行とかも、そうだったし。」
「中学では違ったら?」
「そのときはそのときだ。とりあえず、生徒を運びおえたら、教師たちを一階の体育館に移動させる。」
「それは面白い。朝起きたら体育館の中に居て、部屋に戻ると生徒は居ないってか。でも、生徒はどこに運ぶんだ?」
「ハイキング道。」
「それはきついよお。」
太っている浩二は泣きそうだ。
「リヤカーを使おうぜ。案外、なんでもそろってるし、ここ。」
八郎は下を指差した。
「何時決行?」
「教師が部屋から引き上げてから。」
「じゃあ、徹夜か。人をいっぱい運ばなけりゃいけないから、かなり疲れるなあ。」
「そのぶん、爽快感が味わえるぜ。教師がどんな目をするか・・・」
そこで、突然天井のスピーカーから声が出た。
「仲中学校の一年生の生徒は、今すぐ体育館へ来なさい。綱引きをします。」
「あああ、もう次のプログラムが来ちゃったよ。忙しいなあ。」
進がそう言ったとき、侑也と翔太は持ってきた塾の教科書とノートで勉強をしていた。相当なガリ勉ぶりである。
「綱引きだなんて、面倒くさいなあ。勉強するほうが、よっぽど時間を有意義に使えるんだけれどなあ。」
「国語好きな侑也は、『けど』じゃなくて『けれど』って言うんだね。」
「ううん、別に特にこだわっているつもりはないけれど・・・」
「あ、また『けれど』を使った。」
「はああ、体育館シューズを出さなきゃ。綱引きなんか、運動会の練習で、いっぱいやるのになあ・・・」
侑也は愚痴をたれている。
綱引きは、二組の女子が勝った。決勝戦は、二組の男子対二組の女子だったのだが、なぜか女子が勝ってしまい、男子たちは悔しがっている。
「くそう!女子に負けるだなんて!」
「あんなに『オーエス』って言ったのに!ああ、うっとうしい。」
「もう二度とやらねえ。」
正樹はそう言うと唾を吐き捨てた。
「おい日比谷!今何吐いた?!」
「愚痴ですが。」
「唾だろうが!拭け!消毒しろ!窪田さんに謝れ!」
(ったく、いちいちうるさいなあ・・・)
正樹はいらいらしながら床の唾を服で拭い取った。
夕食の時間、八郎は面白いことをしていた。
「へへへ、まずそうだぜ。絶対に食べたくねえ。」
そういいながら、味噌汁にご飯を突っ込んでいる。今日の献立は、アジのひらき、味噌汁、ハンバーグ、納豆、フライドポテト、ご飯、オレンジジュース、里芋の煮物であったが、よく見ると味噌汁にはそれが全部混ざっている。
「おええ。まっずそう。においがすごいぜ。」
「おいおい、食欲なくなるからやめてくれよ。」
「へへ、じゃあ捨ててくるぜ。」
八郎はシャワーが出ている流しにそれを捨てようとした。
「おい、大橋、食い終わるの早いぞ。もっとよく噛んで、ゆっくりと食べなさい。」
「はあい。」
ご飯に納豆をかけてほおばっている長田にどうでもいいことで注意されたので、八郎はふてくされている。
「おい、日比谷、お前の飯貸してくんねえか。」
「か、返せないでしょ。どうせ混ぜるんだから。」
「まあお前はデブでよく食べるから、いいや。お、高山の野郎、全然食べていないじゃんか。よし、とってこよう。」
八郎はそう言うと侑也のところまで行き、食べ物をひったくった。
「ちょ、ちょっと、何するんだよお。」
「ちょっと貸してくんな。」
「まだお腹すいているから、少し食べさせてよう。」
「へんっ。なんでい。まだ食べていたのかよ。」
「僕少食だし、残ったらあげるから。」
「ちっ、わかったよ。後でとりにいくからな。」
八郎は侑也の椅子を蹴った。八郎が離れてから、侑也は隣の翔太に話しかけた。
「ひいい、怖あ。これだから不良は・・・おつむが弱いから、あんな仕打ちを他人に出来るんだね。」
「僕も少しびっくりしたよ。あんなモラルの欠片もない奴がいるだなんて。中学受験すれば、そんな奴は居なかったんだろうなあ。」
「でも、中学受験はバカのする受験だって、小学校のときに誰かが言ってたよ。だから、N校やTKなどの難関校は高校からも募集する、とも聞いたよ。」
「まあ、これもあと約三年の辛抱か。N校は、さぞかし楽しいだろうなあ。この前行った文化祭でも、いい雰囲気だったし。」
「とにかく、夕食が終わったら勉強しよう。Nのためだ。」
「そうだね。」
暫く二人が喋っていると、八郎が再びやってきた。侑也は既にお腹いっぱいになっていたので、あげてやることにした。