表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

第7話:一泊移住 一日目(1)『渋川高原へ』

 五月十二日。

「はい、今日も六時間授業が終わりましたね。じゃあ、プリントを配ります。」

 大きなプリントが配られる。

「ええと、一泊移住っていうのが五月十五日にあるんですよね。その、説明会のプリントです。説明会は、絶対に参加してください。あさっての放課後にあります。体育館でな。どうせだから、今ちょっとしたことを説明するぞ。」

「一泊移住・・・入学そうそう、宿泊行事があるんだね。なんか楽しみだ。」

「早く行きたい!それで友達と喋ったり、一緒に寝たり・・・」

 醍醐が興奮して言う。

「泊まりか・・・面倒くせえ。」

「一泊移住は、運動を主にするぞお。」

「面倒くさくない!めちゃくちゃ楽しそうだ!」

(運動かあ・・・嫌だなあ。どうせなら、勉強合宿みたいにすればいいのに。)

 侑也と翔太が、殆ど同じようなことを考えている。

「宿舎の周りでマラソンをしたり、川で泳いだり・・・行くところは群馬の長閑なところだ。」

「長閑・・・絶対、虫がいっぱいいるだろうな。嫌だなあ・・・蜂とかに刺されたり、カメムシが居たりしたらどうしよう。」

「長閑ってことは、田舎なんでしょ。田舎って素敵だわあ。行きたいわあ。」

「これ以上詳しいことは、説明会で聞くように。では、号令。」

「起立!礼!さようなら!」

「さようなら!」

「おい、一泊移住、運動をいっぱいするんだってよお。」

 創もそんなことはわかりきっているのに、八郎はすぐに飛びつく。

「どうせ、ラジオ体操とかのつまんないやつだろ。ドッチボールとかじゃなくて。」

「いい子にしていたら、サービスでやらせてくれるかもよ。」

「ふうん。じゃあ、いい子ぶっておこ。」


 五月十四日の放課後、予定通り体育館で一泊移住の説明が行われた。行く場所や、持ち物、行事などのことを長田が言い、、去年の一泊移住のようすを映した動画を白井のナレーションつきで見た。殆どどうでもいいようなことで、必要に感じたのは持ち物程度だった。


 その次の日、八郎は家で大慌てをしていた。七時三十分に家を出ねばならないのに、寝坊をしてその十分前に起きてしまったからだ。普段、これくらいの時間に起きているので、なかなか早く起きられなかったのだ。


 入学式の時のように急いで朝食を口に詰め込み、牛乳で流すと、体操服に着替えた。動きやすいようにと、制服では行かないのだ。大きなゼッケンが前後についているので、苗字が他の人にばれてしまう。そのことを恐れた園子は、ゼッケンを両腕で隠して歩くようにと八郎に言っておいた。だが、大人の言うことにことごとく従わない八郎は、園子の前でだけゼッケンを隠して、家を出た後は腕を自由にして歩いた。


 それにしても、このような姿で外を歩くのは格好悪い。なんとなく、この服を着てはいけないような気がする。正樹と行けばよかった。八郎はそう思ったが、寝坊をした八郎に正樹が付き合ってくれるわけがない。


 学校へつくと、やっと安心する。小さなホワイトボードが玄関前に立てられていて、「一年生は体育館へ」と書いてある。体育館の中には、もう殆どの生徒が集結していた。後ろの方には、保護者が。時刻は八時をまわっており、とっくに遅刻だ。

「遅いぞお、大橋。さっさと走って、並ぶ。」

「はい、じゃあ、起立!」

 八郎が座ったのとほぼ同時に長田がこう言う。なんとなくいらいらした。

「全員、回れ右!」

 保護者たちと目があう。色んな人にこちらを見られて、不快だ。恐らく、「これがあの不良児か」とでも思われているのだろう。

「始まりの言葉!前へ。」

「私たち一年生、百六十名は・・・」

(また始まった。こんなことやっても、意味が無いだろう。)

 殆どの生徒は、そう思っていた。やっている本人も、多数決で決められてしまったため、心なしかやる気がなさそうだ。

「ええ、それでは、行ってきます。」

「行ってらっしゃあい!」

 驚くほど大きな、保護者の声が響き渡る。そして、長田に続いて、生徒たちが外に出て行く。


 校門からだいぶ歩いた。国道まで出ると、四台のバスが。それぞれ、四、三、二、一と番号が振られている。クラス番号と号車は同じであるようだ。動画用のカメラがこちらを向いているので、とりあえず手を振っておいた。

「はい、じゃあ、入ったらすぐ指定の席へ座ってえ。前の二列は、酔った人用のだから座っちゃだめだぞお。もちろん、補助席もだ。」


 生徒たちが全員が乗り終えると、早速バスは走り出した。ハイデッキなので、まわりの車が見下ろせる。雄一は、なんとなく神様になったような気分になった。

「いええい、下僕どもお、俺たちにひれ伏せえ。」

「こら、何を言っているんだ、森山。他の車の人に、迷惑をかけちゃいかんぞ。」

「はいはいわかってます。」

「はいは一回。」

「はい!」

「それでいいんだ。カーテンを閉めておけ。」

 雄一はしぶしぶカーテンを閉めた。すると、やることが無くなる。隣にいるのが、優等生の翔太なので、会話など出来ないのだ。お互い、嫌いあっている。

「しかたねえ。カーテンの隙間からのぞいてみるか。」

 すると、横に有名なアニメのキャラクターがたくさん描かれているトラックが通った。他にも見ていた人が居たらしく、バスの中が騒々しくなる。

「あ!タヌキえもんだ!」

「お牡蠣さんも居るぞ!」

「なんじゃこりゃあ。」

「あ、あ、あ、危ない!」

 そのトラックにのっていた荷物が道路に落ちた。後ろを通っていた車が、どんどん弾いていく。荷物に大きく「大阪行き」と書かれていた。

「ああ、あの運転手、クビだな。」

「いいや、悪いのは運転手じゃなくて、あの荷物を支えた人。」

 八郎はこのような会話を聞いて凍りついた。なぜなら、その運転手は、八郎の父だったからである。

「あのじじい、クビになったら困るな・・・」

「ん?何故クビになったら困るんだ?」

 後ろから光男が顔をひょいっと出す。

「ん、あ、いや、あの人がクビになったら、生活に困るかなって・・・」

「ふうん。でも、どうでもいいじゃん。あんな他人。」

(それが、他人じゃないんだってば・・・)

「おい、糠山。立つな。椅子にお尻をくっつけろ。」

「はあい。」

 光男はしぶしぶ顔を引っ込める。

「おい光男、日岡って奴と俺の椅子の間から顔出せよ。ばれないぜ。」

「おう、そうだな。」

 まだろくに会話したこともない八郎に「日岡って奴」呼ばわりされた翔太は、腹立たしかった。こんな不良に、こんな呼ばれ方をしたくない。


 光男が顔を椅子の間に入れると、翔太の椅子が歪んだ。つくづく不快な奴である。

「なあなあ、ゲームの話しようぜ。」

「おう、いいぜ。」

「『ニュースーパーハウロ兄弟』って持ってる?」

「もちろんだ。初代から持ってるぜ。」

「え、じゃあ『スーパーハウロ銀河』は?」

「当たり前。あれ面白いよな」

「ニューハウのさあ、裏面って知ってる?」

「ああ、ディーの一とかディーの四とかだろ。やったことあるぜ。」

 二人のマニアックなゲーム話が始まる。頭の中で考え事をしていた翔太は、さらにいらいらがつのる。

「先生、酔ってきたので前に座ってもいいですか?」

「酔うの、早いな。お前、健康カードに『酔わない』って書いていたくせに。」

「なんとなく、酔ってきたんです。」

 翔太は、仮病ならぬ仮酔いを使って、なんとかこのうるさいところから逃げ出した。


 高速道路に入ると、バスはスピードを上げる。乗り物が好きな醍醐は、興奮してきた。

「おお、結構速いな。八十キロくらい出ているかな?ねえねえ、恭一郎。」

 醍醐は、旧友、恭一郎に話しかけた。

「ん?何?」

「このバス速いよねえ。」

「うん、速いねえ。」

 特に乗り物に興味がない恭一郎は、適当に返事をした。

「これさあ、八十キロくらい・・・」

 醍醐がそこまで言ったとき、バスが大きく揺れた。

「う、うわ、なんだ?!」

 前を見てみると、急カーブの壁ぎりぎりを通っている。今にも事故が起きそうだ。ゲームの話で盛り上がっていた八郎たちも、会話をやめ、カーブを曲がるのを見守っていた。


 一分程すると、やっとカーブが終わった。急な山にのぼるための、ループ線だったらしい。

「ああ、びっくりした。事故が起きたのかと思ったぜ。」

「それでさ、五の四の最後の方の緑ブクブクってさ・・・」

 光男はすぐに会話を始めた。大丈夫だとわかって、安心したようだ。


 バスは、急カーブと坂だらけの道をのぼっていく。もう少しで、目的地だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ