第4話:家庭訪問でのいたずら
始業式から、一週間が経った。
「はい、じゃあ今週から家庭訪問期間ですので、時間割はB校時で、短縮授業となります。」
教室内で歓声があがった。入学して初めての短縮授業。さぞかし楽であろう。
「保護者の方からお前らの今までの悪事をたっぷりと聞いてやる、覚悟しておけ。」
「お前こそ覚悟しておけよ。」
八郎が言いのけた。
「おい、ちょっと言葉遣いに気をつけろ、大橋。覚悟するのは、お前らだってんだ。日本語くらい、ちゃんと勉強しろよ、そんなんだから馬鹿なんだよ。わかるか?」
「わかりません。馬鹿ですいません。ただし、その発言で傷ついた分、お前にやり返すからな。」
「傷ついた分?そもそも俺が言う前から目論んでいたんだろう?馬鹿でもあるし、ほら吹きでもあるんだな。ほらの塩焼きでも食べとけ。」
「つっまんねえだじゃれ。面白いとでも思ってんの?」
創が口をはさむ。
「思っています。お前の存在よりは。」
「おいおい、先生よお、こういうとき、いっつも言いすぎじゃねえのかよお。」
紀夫がまくしたてた。
「すまなかった。もうしません。これでいいだろ。不毛な争いはやめよう。」
「どうも、今年の教師はやっていけねえぜ。那賀に戻りてえ。」
八郎の家は高床式になっていて、玄関までは階段か仮設エレベーターを使って上がる。仮説エレベーターは、足を骨折した三郎の為に設置されたものである。父親が、景気がいいからと、やってくれたことである。八郎は三郎が家に入ったのを確認して、仮設エレベーターの電源を落とした。そして、階段の上の薄いトタンに穴をあけ、ダンボールを設置。さらには、糸を階段に張り巡らせた。そして、ダンボールを薄く切ったやつに糸をつけたものを玄関前に置く。これが八郎の「目論み」である。家族が出てきたら、確実に片付けられてしまうだろう。だが、今はみんな学校から帰ってきているし、母親も家に居て、父親は仕事中だ。誰かが外出しない限り、大丈夫だろう。誰も出るな・・・八郎はそう願っていた。だが、その願いも虚しく、母親が買い物に出かけると言って支度を始めた。
「あ、あの、母さん。」
「ん?何?八郎。」
「あの・・・玄関の外に遊び道具があるけれど、触らないでほしいんだ・・・」
「遊び道具?触るわけないわよ。」
「えっと、うーん・・・階段に付いているんだ。だから、暫く外出しないで欲しいんだけれど・・・あの、先生が家庭訪問に来るまでの間でいいんだ。だから、お願い・・・待って。」
「仕方ないわね。いいわよ。ちょっとくらいなら。別に急ぐ用事でもないし。今日の夕ご飯を買おうと思っていたけれど、先生が来る時間は早いんでしょう?」
「うん、そうだよ。」
八郎がそう言った途端、外で大きな音がした。
「な、何?泥棒?」
「へへ、やったぜ。」
八郎は嬉しそうな表情で玄関まで小走りで行った。ドアを開けると、スーパーボールにまみれた白井が下に見えた。
「おうい、なんだこりゃあ?!」
「白井先生、聞こえませえん。」
「あら、白井先生じゃありませんか。」
後ろから、痩せ気味の女がやって来た。
「四谷先生。」
「白井先生は、一年二組だから・・・八郎君かしら。」
「四谷先生は三年四組でしたよね。すると、七郎君か。」
「兄弟が多いと、家庭訪問の時間が重なったりするものなんですね。」
その矢先に、二人の男が来る。この二人も教師のようだ。
「あなたたちも家庭訪問ですか?」
「はい、そうです。」
「僕は九郎君担当です。」
「私は十郎君を。」
「一気に四人も・・・お父さんは今いらっしゃらないそうだから、これじゃあ喋れませんね。」
「お母さんに、聖徳太子のように聞いてもらわねば・・・」
四人が楽しそうに笑った。
「そういえば、失礼ですが、そちらの先生、何故スーパーボールにまみれているんですか?」
「八郎君にやられたのですよ。」
「あの子は、いたずら好きですからねえ・・・私の担任のときも、大変でした。それに比べ、九郎君はおとなしくて真面目ですよ。兄弟とは、思えないくらい・・・」
「とりあえず入りましょう。時間がないので・・・」
白井が階段を急いで上った。すると、何かに当たったような感じで後ろに倒れていく。四谷も倒れ、将棋倒しになる。
「・・・いやあ、痛いですなあ。」
白井は見栄を張ってあまり痛くなさそうな素振りを見せる。
「これも、八郎君のいたずらかしら。」
「何か糸のようなものに当たりました。」
「僕、はさみを持っていますから、それで切りながら行きましょう。」
「あ、また何かあったら危険なので、僕が先頭になります。」
白井が言った。本当の理由は、再び将棋倒しになっても、頭を打ちにくくするためだったのであるが。
糸が、次々と切られていく。
「ふう、これで切り終わった・・・」
しかし、試練はまだ終わっていなかった。突如、白井の下にあったダンボールが異常な速さで移動し始めたのである。
「うわわわ、危ない危ない!」
白井が四谷に当たった。ダンボールは止まったが、二人は小さな怪我をしてしまったようである。
「いたずらにも程があるぞ、いくらなんでも危険すぎる。注意せねば。」
「本当に、退学させられるかもしれませんね、八郎君。」
「いや、それはない。だが、特殊学級行きにはなるかも知れん。うちの学校は、親の許可なしに出来るしな。」
「今度こそ、いたずらはないですよね。時間、もう十分も過ぎています。」
八郎が仕掛けたいたずらはこの三つだけであったので、やっと家に入ることが出来た。
「ああ、いらっしゃいませ。どうぞどうぞ、四人ともお座りください。」
「お、白井たちが来た。怪我してやがるぜ、きゃはは。」
「あのですね・・・」
白井が最初に口を開いた。
「八郎君のしつけはどうなっているんでしょうか。」
「八郎は、もう諦めています。何を言っても聞きませんから。」
「おいなんだよ、いつも聞いているじゃんかよ、親は事実を捏造しすぎだ。」
「また、そんな言葉ばっかり覚えて。」
「でも、それだけでは済まされませんよ!この顔の怪我、誰のせいでしたと思います?」
「わかりません。わかるわけがありません。」
「八郎君にですよ。」
白井は「八郎君」にアクセントをつけて言った。八郎がムッとする。
「まあ、八郎・・・そんな不良になっちゃったのね・・・」
園子が八郎をじっと見つめた。
「何が不良だよ。大人たちよりはましさ。」
「ほら、もうこんなんなんです。ですから・・・」
「これ以上すれば、特殊学級行きになるかもしれませんよ。」
「うちの八郎が、特殊学級ですって?!」
「特殊学級は、自力では学習が難しいお子さんに入ってもらっています。ですから、八郎君にも・・・」
「お断りです。何故、お金をもらっている立場のあなたたちに決められなければならないの?よくあなたたちは子供のことを、『自分勝手』とか言いますけれど、あなたたちの方がそうではありません?」
「ありません。子供の話を持ち出さないでください。」
「家庭訪問で話し合うのは子供たちのことでしょう?さっきから、変なことを言いすぎです。」
「母さん、いいぞ、もっとやれもっとやれ。」
「八郎君は違う部屋へ行っておきなさい。」
「なんだよ、大人たちばっかり・・・」
八郎はふてくされて自分の部屋の方へ行った。
「とにかく、今は特殊学級の話は置いておきましょう。ですが、お子さんの教育だけはしっかりしてください。一日に何回悪事を働いていると思っているんです。では、こんな親には何を言っても無駄だと思うので、失礼させていただきます。」
白井はそそくさと家を出ていった。
「八郎が、いつも先生の文句を言っていたけれど、その気持ちもわかる気がするわ。じゃあ、四谷先生たち、話を始めましょう。」
園子の顔が、急ににこやかになった。