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魚の火葬場

作者: 黒実 音子

「レーニン万歳!!」

と農民は叫んだ。


土から命が

芽生えるのではなく、

百姓は命を土に埋め、

生き永らえさせるのだ。


そして打ち上げられた

米寿貝を啄むカモメの様に

彼らは命を啄む。


赤い火に焼かれ、

打ちあがった

巨大な鯨偶蹄目の骸の様に

共産党員達は太陽に焼かれる。

そして救いはない。


「救いは来ない」

と少年が言った。


黒く焼け、

汚れた顔が労働の辛さを物語っている。

だが、そんな事よりも

彼らは幾度も幾度も裏切られて来たのだ。

希望を夢見るが故に!!

この世界に

王国の光を見ようとするが故に!!


貧困は心臓の様なものだ。

その者の運命となり、

決して、その者の血から離れていこうとはしない。

最早、それは血肉なのだ。

そうだ!!

貧困こそが血肉だ!!


「トルカーゾが死んだよ」

少年はさらに言う。


「病気か?

貧困に殺されたのか?

なんて惨めな!!」

と私が言うと、

「いいや、寿命だ!!

彼は寿命に殺されたんだ!!」

と彼は言う。

「最も厄介な病だよ」


私は思う。

病気ならば治療すればいい。

だが寿命は運命だから、

治療など出来ないのだ。


その者の運命となり、

その影に取り憑き、

全てを奪い去ってしまう。


無知こそが!!

無知こそが運命であり、

最も恐ろしい呪いなのだ。


それを嫌悪する力すら

彼らは奪い去られ、

土地に縛られ、土に固められ、

彼らは何処に行く事も出来ない。

そして寿命が来るだろう・・


「亡骸は墓地に埋めたよ。

墓堀り男が。」

少年は言った。

「今夜、掘り返すつもりなんだ。」


私は驚いて言った。

「駄目だ!!

なんでそんな事をする?

その必要があるか?

不信心(アテオ)じゃないか!!」


「そうだ。不信心だ。

だが、そもそも彼は

共産党員だったから楽園には行けないのだ。

しかし、だからといって

望んだ王国にも行けなかった。

貧困だからだ。

自分の湖に魚を放して、

彼はその魚に言った。

[不正は駄目だ。]と。

だが、不正をしない魚などいるか?

皆、生きる事に必死なのだ。

生きる為に

不正をせざるを得ないのだ。

不正をしない魚は

皆、死んでしまったよ。」


私はその男を哀れみながらも、

だが、自分が少しばかり

その男よりも賢い事に

優越感を感じながら、

助言をするつもりで言った。

「選挙をすれば・・」


「選挙は駄目だ!!

結局は決まっている事だ。」


確かにその通りだ。

と私は思った。

皆、決まっている事なのだ。

運命なのだから。

血肉すらも運命に蝕まれ、

その土で最早、

魂すらも汚れているのだ。

不正をしない魚などいないのだ。

それが生きていくという事だからだ。


少年は言う。

「俺達は正しく日々の掟を守った。

定理だ!!

そのリズムを、

呼吸を乱さなかったのだ!!

それが貧者の秒針だ!!

土を耕した。

命を土に埋め、

ある季節が来れば、その塊を回収した。

例えその魂が泥まみれになっても!!

だが、もうそれは無意味なのだ。

少なくとも俺にとっては。

もう、俺は掟を守り、

秒針を正しく刻む必要はないのだ。」


そうかもしれない。

私は思った。

なにが我々を縛り付けているのだろうか?

我々の魂を。

彼はもう命を土に埋めない方がいいのだ。

それを続けている限り、

彼は逃げられないだろう。

人間である限り、

それは貧者から去る事はないのだ。


運命だ。

そこから逃れる為には

何をすればいいのか?

耕すのを止めろ!!

秒針を止めろ!!

ある意味、それが死を意味していても。

どの道死ぬのだ。

共産主義者は死ぬのだ。

魚も死ぬ。

貧者は死ぬのだ。


「死体を掘り起こして

何処へ行くのだ?」

私は聞いた。


「さぁね。

だけど不信心者(アテオ)

行く所に辿り着くのだろうさ。

共産主義者は共産主義者の。

教会(カト)(リコ)教会(カト)(リコ)の。

土を掘る者は、

土を掘る者の集まる所に流れ着くものだ。

湖には(アルガ)がはってしまった。

最早、魚は住めない・・」


そして少年は再び言った。

「救いは来ない。」


その時には、

私は少年に背を向けて歩き始めていたから、

その最後の言葉は

微かに私の耳に聞こえただけだった。


私は思う。

これがこの世の中なのだ。

そう、我々は呼吸を乱さずに

生きていく事しか知らず、

今日も明日も土を耕し、

命を埋めるのだ。

それが貧者の秒針だ!!

絶対に代返する事なき運命。


「レーニン万歳!!」

と農民は叫んだ。


土から命が芽生えるのではなく、

百姓は命を土に埋め、

生き永らえさせるのだ。


それでも私は見てみたい。

藻に覆われた沼。

魚の屍。

墓地へ続く道を。


不正なんてしたけりゃすればいい。

それが生き延びる道だというのなら。


どうだろう皆さん?

昨今では調理場に

便利な魚を焼く囲炉裏があるじゃないか。

あれを昨今の人達は

希望に満ちた名で

[グリル](パリーリャ)とか言うらしい。

私はそんな名はごめんだ。

あれは魚の火葬場だ。

そうだ。諸君。

あれは魚の火葬場なのだ!!

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